作動距離と同焦点距離

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顕微鏡対物レンズは一般的に、一定の作動距離を持つよう設計されています。作動距離とは、標本に鮮明なフォーカスが合っているときの、対物レンズ先端からカバーガラス表面までの距離と定義されています。カバーガラスなしで使用する設計になっている対物レンズの場合は、対物レンズ先端から標本表面までの距離です。

図1 - 対物レンズの作動距離と同焦点距離

図1で示しているのは、対物レンズの略図で、同焦点距離と作動距離の長さを示している他、対物レンズ本体に刻印されているその他の事項についてもあわせて示しています。一般的に、対物レンズの作動距離は、倍率と開口数の両方が高くなるほど短くなります。表1ではこの関係を、ニコンのプランフルオール対物レンズおよびプランアポクロマート対物レンズを例にして示しています。作動距離が長いほど作業性が上がりますが、高い開口数と高い解像力を持たせようとすると幾分制約を受けることになります。このため、メーカーはしばしば、この2つのパラメータの間で妥協しなければならなくなります

表1 - 一般的な対物レンズの作動距離

ManufacturerCorrectionMagnificationNumerical
Aperture
Working
Distance
NikonPlanApo10x0.454.0 mm
NikonPlanFluor20x0.750.35 mm
NikonPlanFluor (oil)40x1.300.20 mm
NikonPlanApo (oil)60x1.400.21 mm
NikonPlanApo (oil)100x1.400.13 mm

液浸対物レンズは、定義されている屈折率を持つ液体を前面レンズ素子とカバーガラスの間に入れた状態で使用するレンズですが、作動距離の長さがさらに制約されます。作動距離が長すぎる場合、対物前面レンズと標本の間の浸液の液浸の媒質領域を維持することが問題になり、収差が生じてその後イメージが劣化する可能性があります。作動距離がきわめて短い対物レンズは、スプリング式になっていて、カバーガラスに接触すると、前面レンズ部品全体が引っ込むようになっています。このような構造は、リトラクションストッパーと呼ばれることもあり、標本や対物前面レンズが誤って損傷を受けないよう適切に保護できるようになっています。

多くの用途では、長い作動距離が望まれる(多くの場合必要になる)ため、そのような用途のために専用の対物レンズが設計されてはいますが、一方で、大きい開口数を実現し、同時に収差に対して必要な補正を行う上での難しさはそのまま残っています。作動距離が長い対物レンズは、厚いガラス壁を通してin vitroで標本を検査するときの他、化学顕微鏡や金属顕微鏡で観察するときなど、厚いカバーガラスからの熱、腐食性ガス、揮発性化学物質など、環境要因の危険性から対物前面レンズを保護しなければならない状況で、特に有用です。これらの対物レンズの作動距離は、同じかわずかに大きい開口数を持つ同等の対物レンズの2、3倍以上になることもあります。表2には、極長作動距離(ELWD)および超長作動距離(SLWD)を持つニコン製の無限遠補正対物レンズをリストしています。作動距離は、倍率と開口数の両方が高くなるほど短くなりますが、その程度は、表1の対物レンズほど劇的ではありません。また、SLWD対物レンズは、ELWDシリーズの対物レンズと比べると、はるかに長い作動距離を持っていますが、それに応じて開口数は低くなっています。

表2 - 長い作動距離の対物レンズ

DesignationMagnificationNumerical
Aperture
Working
Distance
ELWD20x0.4011.0 mm
ELWD50x0.558.7 mm
ELWD100x0.802.0 mm
SLWD10x0.2120.3 mm
SLWD20x0.3520.5 mm
SLWD50x0.4513.8 mm
SLWD100x0.734.7 mm

現代の製造技術を利用すると、中心合わせや同焦点距離(標本面から、対物レンズをレボルバーに固定するためのフランジの肩までの距離。図1を参照)を含め、顕微鏡対物レンズの機械的な精度を大幅に改善することが現実的に可能になっています。このため、現代の研究グレードの顕微鏡では、レボルバーを回転させて、対物レンズを別のものに交換するときも、標本をきわめて近い位置(1ミクロンから数ミクロン以内)でフォーカスしたままを維持しながら、同時に視野の中心を保てるようになっています。

ほとんどのメーカーの生物学的用途の対物レンズはすべて、長年に渡って、国際的に認知されている慣習、つまり英国王立顕微鏡学会(RMS)の標準(対物レンズをレボルバーに固定するためのネジの寸法を定義)である、45.0ミリメートルという同焦点距離、160ミリメートルという機械的鏡筒長に準拠してきました。このため、異なるメーカーの対物レンズも交換して使用できることになっていました。ところが、無限遠補正対物レンズが導入されると、異なるメーカーの対物レンズ間の便利な互換性は再び失われることになりました。これは主に、対物レンズと結像レンズの収差を補正するための設計基準がそれぞれで異なっていることが原因です。同時に、メーカー側が、これまで以上に大きい作動距離、高い開口数、視野サイズ増大を求める声に対応しなければならなくなり、そのために、より高い柔軟性が必要になったことも原因になっています。

色収差補正された対物レンズ、結像レンズ、接眼レンズをラインナップしたニコンCFI60光学系が発表されましたが、この光学系では、それぞれのコンポーネントを個別に補正できるようになっており、あるコンポーネントを補正するときに別のコンポーネントが必要になる、というようなことがなくなりました。このシステムでは、対物レンズに、60ミリメートルの同焦点距離が導入され、あわせて、RMSネジサイズに代わる25ミリメートルのネジ径が導入されています。

Contributing Authors

Kenneth R. Spring - Scientific Consultant, Lusby, Maryland, 20657.

Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.

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作動距離と同焦点距離

Introduction