蛍光観察法概論

有機標本および無機標本での光の吸収とその後の再放射は通常、蛍光または燐光と言われる、すでに確立した物理現象の結果として発生します。蛍光プロセスでの光の放出は、光子の吸収と放出の間の遅延が比較的短いことから、励起光の吸収とほとんど同時に起こり、通常はマイクロ秒以下の差しかありません。励起光が消えた後も放出が続く場合、その現象は燐光と呼ばれます。
図1 - 落射蛍光顕微鏡
1852年、英国の科学者、ジョージ・G・ストークス卿が最初に蛍光に関する論文を発表し、蛍石鉱石を紫外線励起で照射した時に赤い光線が放出されたことから、この現象にこの名前をつけました。ストークスは、蛍光放出が、励起光よりも長い波長の光で常に発生したと記録しています。19世紀の初期の研究では、紫外線光を放射したときに、多くの標本(鉱物、結晶、樹脂、生薬、バター、クロロフィル、ビタミン、無機化合物など)が蛍光を発するということがわかりました。ただし、生物学分野の研究で、組織成分、細菌、その他の病原菌を染色するために蛍光色素が使用されるようになるのは、1930年台になってからです。これらの染色のうち、いくつかについては非常に特異的で、蛍光顕微鏡の開発にも影響を及ぼしました。
蛍光観察法の技法は、生物学や生物医学の他、材料工学でも必須のツールになりました。これは、他のコントラスト観察法に、従来型の光学顕微鏡では簡単に利用できないという性質があるためです。多数の蛍光色素を利用することによって、高い特異性により、非蛍光性素材の中から細胞や微小な細胞成分を識別できるようになりました。実際、蛍光顕微鏡では、単分子の存在も明らかにすることができます。複数の蛍光標識を使用することにより、さまざまなプローブで、いくつかのターゲット分子を同時に識別することができます。蛍光顕微鏡では、特定の標本特性の回折限界を下回る空間分解能を実現することはできませんが、このような限界を下回る蛍光分子の検出は簡単に実現されます。
さまざまな標本が照射されたとき、(蛍光色素を適用しなくても)自家蛍光を示します。この現象は、植物学、岩石学、半導体産業などの分野で徹底的に利用されています。対照的に、動物組織や病原菌の研究では、極端に暗い、あるいは明るい非特異的な自家蛍光のために、しばしば複雑になります。そのため後者の研究では、定義済みの有効な強度の放射光および放出光の特定の波長によって励起される、蛍光色素(蛍光分子とも呼ばれます)がはるかに大きな価値を持つことになります。蛍光色素は、見える物体や肉眼では見えない物体に付く染料で、往々にして、付着対象についてきわめて高い特異性を持っており、量子収率(光子の吸収と放出の割合)もきわめて高くなります。蛍光観察法の利用対象が広範囲に広がっていることが、新しい合成蛍光分子および自然発生蛍光分子の開発にも関係しており、これらの蛍光分子では、励起と放出される蛍光強度特性が既知であり、生物的ターゲットにとともによく理解されています。
励起と蛍光放出の原理
蛍光顕微鏡の基本的な機能は、標本に適した特定波長を放射し、はるかに弱い蛍光を励起光から分離するというものです。正しく構成された顕微鏡において、非常に暗い(または黒い)背景で、生成する蛍光構造に高いコントラストが付けられるように、放出光のみが肉眼または検出器に届く必要があります。検出の限界は、一般的に背景の暗さによって決まり、励起光は通常、放出蛍光よりも数十万倍から百万倍明るくなっています。
図1で示しているのは、透過型および反射型の両方の蛍光観察法に対応した、最新の落射蛍光顕微鏡の断面図です。図の中心にある垂直照明装置では、一方の端に光源(「落射蛍光ランプハウス」〈episcopic lamphouse〉と表記されているもの)が配置されており、もう一方の端にはフィルターキューブターレットが搭載されています。この設計では、反射光の波長が励起光の波長より長い、基本的な反射光顕微鏡による構成になっています。なお、反射光蛍光観察法のための垂直照明装置については、Johan S. Ploemが開発したものです。蛍光垂直照明装置では、アーク放電ランプまたはその他の光源から照射された混合波長の光が波長選別励起フィルターを通過することによって、多くの場合、紫外線や可視光線の青域または緑域に入る特定波長(または定義済みの波長帯)の光が生成されます。励起フィルターを通過した波長は、ダイクロイック(ダイクロマティックと呼ばれることもあります)ミラーまたはビームスプリッターの表面で反射し、顕微鏡対物レンズを通って、標本に強い光を照射します。標本が蛍光を発する場合、対物レンズによって集められた放出光は、ダイクロイックミラーを通過して戻り、その後、吸収(またはEM)フィルターによってフィルタリングされ、不要な励起波長が取り除かれます。蛍光法は、標本が、励起後の試料が自ら光を発する唯一の光学顕微鏡モードになることに留意してください。放出光は、励起光の光源の方向にかかわらず、全方向に球状に再放射します。
落射蛍光照明は、最新の顕微鏡法において圧倒的に強力な観察技法であり、反射光垂直照明装置が、鏡筒と対物レンズを取り付けるレボルバーの間に挟まれます。照明装置は、励起光を最初に顕微鏡対物レンズ(この構成ではコンデンサーの役割も果たします)経由で標本に届くようにして標本を直接照射し、その後、同じ対物レンズを使用して放出蛍光を取り込むような設計になっています。この種の照明装置には、複数の利点があります。蛍光顕微鏡対物レンズは、最初はよく調整されたコンデンサーとして機能し、次にイメージを形成する集光器として機能します。単一のコンポーネントにすることによって、対物レンズ/コンデンサーは常に、完全に調整された状態になります。標本に届く励起光の大部分は、他の部分に作用することなく対物レンズを通過し、そこから出て照射される領域が、接眼レンズで観察される領域に制約されることになります(ほとんどの場合)。一部のコントラスト強調技法の場合と異なり、顕微鏡がケーラー照明用に正しく構成されている場合、対物レンズの全開の開口数を利用することもできます。また、反射光蛍光や透過光観察と組み合わせて使用したり交互に使用したりすることも可能で、デジタル画像の取得も可能です。
図2 - 蛍光フィルター
図1で示しているように、反射光垂直照明装置は、後端部にアーク放電ランプハウスを搭載しています(通常、水銀灯またはキセノン灯)。励起光が、顕微鏡の光軸と垂直に照明装置に沿って進み、コレクタレンズと心出し可能な可変開口絞りを通過して、心出し可能な可変視野絞りを通過します(図1を参照)。光はその後、励起フィルターに衝突し、そこで所定の帯域が選ばれて、不要な波長が遮断されます。選択された波長は、励起フィルターを通過した後、短い波長の光を高効率で反射し長い波長の光を高効率で通過させる専用の干渉フィルター、ダイクロイックミラーに到達します。ダイクロイックミラーは、入ってくる励起光に対して45°の角度で傾斜しており、この照明を90°の角度で反射させ、対物レンズ光学系を通過させて、標本まで到達させます。照射された標本によって放出された蛍光が対物レンズで集められます。この対物レンズは、ここでは像を形成する機能を果たしています。放出された光は、励起照明より波長が長いことから、ダイクロイックミラーを通過することができ、上方の鏡筒または電子検出器まで到達します。
散乱した励起光でダイクロイックミラーに到達したものはほとんどが反射し光源に戻りますが、少量がこれを通過し、ミラーブロックの内部コーティングで吸収されます。放出蛍光は、接眼レンズまたは検出器に到達する前に、最初にバリア(吸収)フィルターを通過しなければなりません。このフィルターは、所定の長波長の放出光のみを通過させ残りの励起光を吸収(抑制)します。励起フィルター、ダイクロイックミラー、吸収フィルターは、図2のように、ほとんどの反射光照明装置において、光学ブロック(キューブと呼ばれることもあります)に内蔵されています。最新の蛍光顕微鏡は、4基から6基の蛍光キューブを搭載(通常は回転式のターレットまたはスライダーメカニズムに搭載、図1を参照)できるようになっており、ユーザーが購入後に交換用の励起フィルターや吸収フィルター、ダイクロイックミラーを自分で簡単に取り付けられるようになっています。
垂直照明装置の設計において、視野全体に明るく均等な開口照射が当たるよう、顕微鏡をケーラー照明用に調整できるようになっていなければなりません。光学系のコンデンサーレンズを正しく調整することで、心出し可能な開口絞りのイメージが、焦点の合った対物レンズの後部開口部と共役するようにしなければなりません。最新の照明装置では、調整済み心出し可能な視野絞りのイメージは、フォーカスされた標本および固定の接眼レンズ絞りの面と共役になっています。
照明装置のランプハウスは通常、赤外線吸収フィルターを搭載しています。ランプハウス自体は、有害な紫外線波長を漏らしてはならず、可能であれば、動作中にハウジングが誤って開かれた場合に備えて、ランプを自動的に停止するスイッチも搭載しておく必要があります。ランプハウスは、動作中のバーナー(アーク放電ランプ)の爆発に耐えられるくらい頑丈でなければなりません。最新のランプハウスには、ランプソケットに調節ノブが付いており、対物レンズの後部開口部内のアークランプイメージの心出しが可能になっています(ケーラー照明の場合、この面は共役になっています)。標本をうまく観察できないときまたは検出器でうまくイメージングできないとき、励起光を完全に遮断するため、光路のどこか、通常はランプハウスの近くで励起フィルターの前の位置にシャッターを設けるのが理想です。また、ユーザーが励起照明の強度を落とせるようにするため、ニュートラルデンシティーフィルターも(ホイール、ターレット、スライダーで)利用できるようにする必要があります。
ストークスシフト
励起状態から電子が放出されて基底状態に戻るとき、振動エネルギーが失われます。エネルギー損失の結果、励起した蛍光分子の放出スペクトルは通常、吸収もしくは励起スペクトルに比べて長い波長の方向にシフトします(波長は放射エネルギーと逆に変化します)。この十分立証されている現象は、ストークスの法則またはストークスシフトとして知られています。ストークスシフトの値が増加すると、蛍光フィルターコンビネーションを使用することで、励起光と放出光を分離するのが容易になります。
蛍光分子の放出(または吸収)強度のピークは通常、励起ピークと比べて、波長と強度が低くなり、放出スペクトル特性(曲線)は、多くの場合、励起曲線の鏡像(またはそれに近いもの)になりますが、長い波長の方にシフトします。図3では、この状況を、黄-緑領域の光を吸収して黄-燈色を放出する便利なプローブ、Alexa Fluor 555の場合を例にして示しています。最大の蛍光強度を得るために、蛍光分子(しばしば染色とも呼ばれます)は通常、励起曲線ピークの近くまたはピークで励起され、放出曲線のピークを含む、できるだけ広い範囲の放出波長が検出対象として選択されます。励起波長および放出波長の選択は、通常、干渉フィルターで行います(図2)。また顕微鏡光学系の分光感度も、(反射防止コーティングなどによる)ガラスの透過率、レンズとミラー素子の数、検出器システムの応答性などの要因によって変動します。
図3 - 蛍光分子の吸収および放出特性
蛍光観察法では、励起波長と放出波長は、紫外線、可視、近赤外線の各スペクトル領域における特定の波長帯を遮断または透過する適切なフィルターを選択することによって、分離と検出を効果的に行います。蛍光垂直照明装置は、標本に通じる光路、つまり標本と鏡筒またはカメラ検出器システムの間の光路に、簡単に交換できるフィルター(ニュートラルデンシティーおよび干渉励起光バランサー)を挿入することによって、励起光をコントロールする目的で設計されています。おそらく、比較的低い蛍光放出強度の状態で観察する場合のもっとも重要な基準(上記の議論を参照)は、励起に利用される光源が、弱い放出光を最大化し、なおかつ蛍光色素が適切な吸収特性と放出量子収率を持つということです。
特定の蛍光分子が励起光の光子を吸収するときの効率は、分子の断面積と吸収の可能性(消散係数と呼ばれるもの)の関数になります。消散係数が高い場合、所定の波長域の光子(または量子)の吸収も起こりやすくなります。量子収率は、吸収される量子の数に対する放出される量子の数の割合で示されます(通常この値は0.1と1.0の間になります)。1以下の量子収率値は、蛍光の再放射現象ではなく非放射現象での、熱反応や光化学反応などのエネルギー損失の結果生じます。消散係数や量子収率は、光源の光強度を示しており、蛍光寿命は、蛍光放出の強度や有用性に関連するきわめて重要な要因になります。
フェーディング、クエンチング、フォトブリーチング
広範囲の条件が、蛍光放出の放射に最終的に関わってきて、強度を低下させる要因になります。蛍光放出強度の低下を示す一般用語にフェーディングがありますが、これは包括的なカテゴリーで、通常さらに正確に描写するためクエンチング現象とフォトブリーチング現象に分けられます。フォトブリーチングは、放出前に酸素分子と反応することにより、蛍光分子が励起状態で不可逆的に分解されることを示します。フォトブリーチングの発生は、生体高分子の拡散や動きを調査するための非常に便利なメカニズムである、光褪色後蛍光回復法(FRAP)と呼ばれる技法によって調べられます。この方法は、標本で厳格に定義された領域にレーザー光を強く照射してフォトブリーチングし、その後、フォトブリーチングした領域について蛍光の回復の割合とパターンを調査することによって実行します。フォトブリーチングした領域に隣接する定義済み領域での蛍光の現象を監視するときは、関連する技法、つまり光褪色後蛍光損失法(FLIP)として知られる方法が採用されます。この技法は、FRAPと同じように生体細胞の分子の動きやダイナミクスを調査するときに使用すると有用です。
図4 - 複数回染色した標本のフォトブリーチングの割合
図4で示しているのは、インドキョンの表皮線維芽細胞を培養し複数回染色したものを、異なる時点でデジタルイメージを撮影した一連の画像で、典型的なフォトブリーチング(フェーディング)が観察されます。核は、ビス-ベンゾイミダゾル誘導体(Hoechst 33258、青色蛍光)で染色されており、ミトコンドリアとアクチン細胞骨格はMitoTracker Red CMXRos(赤色蛍光)、Alexa Fluor 488ファロイジン誘導体コンジュゲート(緑色蛍光)でそれぞれ染色されています。撮影時間は、2分間隔になっており、この3種類の蛍光分子を同時に励起させるよう調整された帯域幅を持つ蛍光フィルターコンビネーションを使用し、同時に組み合わさった放出信号を記録できるようになっています。図4(a)では、3種類のすべての蛍光分子が比較的高い強度を持っていますが、Hoechst蛍光分子(青)の強度が2分おきに急速に低下しており、6〜8分でほぼ完全に消えています。ミトコンドリアとアクチンの染色は、フォトブリーチングに対してもっと耐性がありますが、どちらも時間が経過するにつれて(10分)強度が著しく低下しています。
クエンチングの励起状態緩和プロセスにより、非放射エネルギー損失に関連するさまざまなメカニズムを通じて、蛍光強度が低下することになって、しばしば酸化剤や、塩、重金属、ハロゲン化物などが生成します。場合によっては、励起された蛍光分子(ドナー)と物理的に近い場所にある、他の分子(アクセプターと呼ばれます)にエネルギーが移行することによってクエンチングが生成します。この現象は、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)と呼ばれています。この特有のメカニズムは、光学顕微鏡の横方向分解能以下の距離での、分子間相互作用と分子会合の研究に関連する有用な技法の基盤になっています。
蛍光光源
ほとんどの蛍光観察法において、放出レベルが低くなると、肉眼やカメラ検出器に届く光子の量も、残念ながら非常に少なくなります。ほとんどの場合、光学顕微鏡の収集効率は30%未満で、光路における多くの蛍光分子の密度も、ミクロモル域からナノモル域にまで変動しています。検出可能な放出を生み出すのに十分な励起光強度を生成するためには、高エネルギーショートアーク放電ランプなど、強力で小型の光源が必要になります。もっとも一般的なランプは、50〜200Wの水銀灯、75〜150Wのキセノン灯です(図5を参照)。これらの光源は、通常、外部直流電源から給電されますが、この電源は、ガス蒸気のイオン化によってバーナーに着火し、最小のフリッカーで燃焼を続けられるだけの十分な起動電力を備えたものになります。
顕微鏡のアーク放電ランプの外部電源には、通常、バーナーが動作している時間を記録するためのタイマーが装備されています。アークランプでは、定格寿命(200〜300時間)を越えて使用すると、効率が悪くなり、粉砕してしまうこともあります。水銀灯は、紫外線から赤外線まで均等な明度を維持しておらず、ランプの明度は近紫外線で増加しています。輝度の顕著なピークは、313、334、365、406、435、546、578ナノメートルで発生します。可視光域の他の波長では、輝度はそれほど強くはありませんが、安定しています(ただしそれでも、ほとんどの用途で使用可能です)。照明効率について考えると、ランプの電力のみが重要な検討事項になるわけではありません。重要なパラメータは平均輝度であり、同時に光源の明るさ、アーク形状、放出光の角拡散などについても検討しなければなりません。
図5 - アーク放電蛍光ランプ
この数年間、光学顕微鏡の世界では、特にアルゴンイオンレーザーやアルゴンクリプトン(イオン)レーザーなどのレーザー光源の利用が増加してきました。これらのレーザーには、光源サイズが小さい、発散が低い、単色性が高い、平均輝度が高いなどのメリットがあります。これらのレーザーは、スキャニング共焦点観察で必須のものになっています。なお、この観察技法は、標本の焦点面から焦点の合っていない光を除去することで、非常にシャープな蛍光イメージを生成するための強力なツールになっています。共焦点顕微鏡では、共役の開口部を通じたコインシデンスイメージングによるポイントスキャンまたはラインスキャンによって、この仕事を実行します。標本の光学断面画像をホストコンピュータに保存して、最終イメージとして再構築し、それをモニターに表示することもできます。
フィルター用語
蛍光観察フィルターコンビネーションに対して使用される一般的な用語は、さまざまなメーカーが自社のフィルターを識別するためにさまざまなイニシャルやコードを使用していることから、紛らわしいものになっています。基本的に、フィルターには、主に励起フィルター(エキサイターと呼ばれることもあります)、吸収フィルター(放出)、ダイクロイックビームスプリッター(ダイクロイックミラー)の3種類があります。蛍光フィルターは以前は、着色ガラスや、ガラスプレート間にゼラチンを挟んだものだけでほとんど構成されていました。しかし現在のトレンドは、際立った特異性や高い透過率を持つ波長を励起フィルターが通過または排除するような干渉光学系を搭載した高分解能フィルターを製造するというものになっています。ダイクロイックビームスプリッターは、45°の角度で光路に配置したときに、特定の波長を反射または透過させるよう設計された専用の干渉フィルターです(図1および図2を参照)。吸収フィルターは、着色ガラスまたは干渉コーティング(または両方の組み合わせ)を使用して製造されています。
メーカーが自社の励起フィルターの特性を識別するために採用した略語には、UG(紫外線ガラス)やBG(青ガラス)などがあります。ショートパスフィルターは、KP(Kは、ドイツ語の「短い」を表す「kurz」という単語の略語)と表記されることもありますが、単純にSPと表記されることもあります。いくつかのメーカーは、自社の干渉フィルターをIFという記号で識別しています。ストークスシフトが小さい場合は、ナローバンド励起干渉フィルターが特に有用になります。
吸収フィルターの頭字語や略語には、ロングパスフィルターを表すLPまたはL、黄色つまりgelb(ドイツ語)のガラスを表すYまたはGG、赤ガラスを表すRまたはRG、オレンジガラスを表すOGまたはO、エッジ(フィルター)のドイツ語、kanteに対応するK、吸収フィルターを表すBAなどがあります。BA515などのようにフィルターの種類を数字に対応させるとき、このような記号は、最大透過率の50%での波長(ナノメートル単位)を表しています。
ダイクロイックビームスプリッターも、クロマティックビームスプリッターを表すCBS、ダイクロマティックミラーを表すDM、「teiler kante」(エッジスプリッターを意味するドイツ語)を表すTK、「farb teiler」(カラースプリッターを意味するドイツ語)を表すFT、リフレクションショートパスを表すRKPなど、さまざまな略語で表記されています。これらの用語はすべて同じものと考える必要があり、最新のダイクロイックビームスプリッターは常に、(有機染料や金属染料ではなく)干渉コーティングを光学ガラスに付けた状態で製造されています。干渉薄膜は、短い波長に対して高い反射率、長い波長に対して高い透過率になるような設計になっています。ダイクロイックビームスプリッターは、反射光蛍光照明装置から光学ブロックに入る励起光の光路に対して45°の角度で傾いています。その主な機能は、励起(短い)波長の方向を選択的に変え、対物レンズを通って標本まで届けることです。この専用のフィルターにはまた、長い波長の蛍光放出を吸収フィルターに送り、散乱した励起光をランプハウスの方向に反射させて戻す機能もあります。
図6 - ニコンB-2E(中帯域青励起)
図6で示しているのは、最新の顕微鏡で使用されている典型的な蛍光フィルターコンビネーションに対する透過特性です。励起フィルターのスペクトル(赤い曲線)は、450〜490ナノメートルで高い透過性(約75%)を示しており、中心波長(CWL)は470ナノメートルになっています。ダイクロイックミラー(黄色の曲線)では、励起スペクトル領域の波長を反射し、それより高い波長と低い波長を比較的高い効率で通しています。ダイクロイックミラー曲線で透過率が0%になっているものは、反射率100%を意味しています。450〜500ナノメートルの透過特性で際立った低下が見られますが、これは同時に反射率のピークを表しており、90°で励起フィルターを通過し標本に届いた波長帯を反射する役割を果たしています。光路図における最後のコンポーネントは、エミッションまたは吸収フィルター(白の曲線)で、これは、520〜560ナノメートルの緑の可視光領域の波長を透過します。重なり合ったさまざまなスペクトルの反射波長と透過波長を極力完全に分離できるようにするため、透過波長帯と反射波長帯の境界は、極力急峻になるよう設計されています。ダイクロイックミラーのスペクトルに現れている正弦曲線風の上昇・下降のスパイクパターンは、リンギングと呼ばれる薄膜蒸着プロセスの一般的な影響です。このフィルターコンビネーションの性能は素晴らしいもので、薄膜干渉フィルター技術が急速に発展してきたことを示すわかりやすい実例になっています。
ニコンが採用しているフィルターの用語体系では、1990年代初頭までの用語が混在しています。その時代、ニコンのすべての補色フィルターコンビネーションは、ハードコートスパッタリング技法を使用して製造されていましたが、現在のフィルターの多くは、もっと新しいソフトなコーティング法を利用しています。ソフトコートは、湿気や熱によって劣化しやすく、しかもハードコートフィルターよりも慎重な取り扱いが必要ですが、高い遮断値の光学濃度を実現しており、特定の波長帯に対して容易に微調整することができます。ニコンのフィルターコンビネーションコード用語体系では、特定のセットが特定の蛍光分子に対して適切に動作するかどうかをすぐに判断できるようになっています。
ニコン独自の英数字によるフィルター指定コードの最初の文字は、波長励起スペクトル域を示しています(たとえば、UV、V、B、Gなど。それぞれ紫外線〈ultraviolet〉、紫〈violet〉、青〈blue〉、緑〈green〉の単純な略語になっています)。励起コードの後の数値は、励起フィルターの透過帯域幅に対応しており、1は狭帯域励起、2は中および広帯域励起、3は超広帯域励起を示しています。最後に来るのは、励起バンドパスサイズ番号の後の1文字または数文字ですが、これは、吸収フィルターの特性を示しています。コード文字「A」は、最低のカットオン波長を持つ標準的なロングパス吸収フィルターを示しており、「B」は、ロングパス放出フィルターに対するカットオン波長の値がもっと高いことを示しています。バンドパス放出フィルターは(「enhanced」〈強化〉を示す)「E」の文字で示されており、クロスオーバーの排除という点で優れた性能を持つことを示しています。E/Cフィルターは、DAPI、FITC、TRITC、Texas Redなど、特定のプローブで最高の性能を発揮するよう設計されたソフトコート干渉コンビネーションです。
蛍光の光量
典型的な蛍光顕微鏡における光束の推測は、デジタルイメージを生成するときや標本を観察しているときに出てくる制約の概要を推定する上で有用です。この項では、例として、励起光源について、平均光束密度が約400カンデラ/平方ミリの、標準的な75Wキセノンアーク放電ランプであると想定します(他の光源については、表1を参照)。このランプの出力が集められて(帯域幅10ナノメートル、透過度75%の)490ナノメートル干渉フィルターに送られるとき、約2mWの光が通過します。効率90%のダイクロイックミラーによって反射された後、励起ビームとして1.8mWの光束が顕微鏡対物レンズの後部開口部に入ります。
開口数1.4の100倍の対物レンズの場合、円形の視野が直径約40マイクロメートルと仮定すると、照射される標本の領域は、12 x 10 × E(-6)平方センチになります。このとき、標本上の光束は約150W/平方センチになり、これは束密度、3.6 x 10 × E(20)光子/平方センチに相当します。このように、標本の照度は、晴れの日に地球表面に届く入射光の約1000倍の強さになります。
上記で説明した光束から送られる蛍光放出は、蛍光分子の吸収特性と放出特性、標本上の密度、標本の光路の長さなどによって影響を受けます。数学的に表現すると、生成される蛍光(F)は、次の式で与えられます。
1
F = σ × Q × I
ただしσは分子吸収断面積、Qは量子収率、Iは入射光束です(上記で計算されたもの)。フルオレセインが蛍光分子であると仮定すると、吸収断面積(σ)は、3 x 10 × E(-16)平方センチ/分子、Qは0.99となるため、Fの値は100,000光子/秒/分子になります。染料の密度が1マイクロモル/リットルで、直径40マイクロメートルのディスクに10マイクロメートル厚で均一に分散している場合(体積は12ピコリットルに相当)、光路内に約1.2 x 10 × E(-17)モルの染料、または720万の分子が存在することになります。すべての分子が同時に励起された場合、蛍光放出率は7.2 x 10 × E(11)光子/秒になります(Fと染料分子数の積)。ここで問題になるのは、放出光子のうちどれだけが検出され、この放出率がどの程度持続できるかということです。
表1 - 選択した光源の光束密度
Lamp | Current (Amperes) | Luminous Flux (Lumens) | Mean Luminous Density (cd/mm2) | Arc Size (H x W) (Millimeters) |
---|---|---|---|---|
Mercury Arc (100 Watt) | 5 | 2200 | 1700 | 0.25 x 0.25 |
Xenon Arc (75 Watt) | 5.4 | 850 | 400 | 0.25 x 0.50 |
Xenon Arc (500 Watt) | 30 | 9000 | 3500 | 0.30 x 0.30 |
Tungsten Halogen | 8 | 2800 | 45 | 4.2 x 2.3 |
検出の効率は、光収集効率と、検出器の量子効率との関数になります。100%の透過率を持つ開口数1.4の対物レンズ(非現実的な条件)は、最大の収集効率を持ちますが、受光角によって約30%の制約を受けます。ダイクロイックミラーの透過効率は85%で、吸収フィルターの透過効率は80%です。そのため、全体の収集効率は約20%つまり1400億光子/秒になります。検出器が従来型の電荷結合素子(CCD)の場合、量子効率は、緑のフルオレセインの蛍光(525ナノメートル)については約50%になるため、検出される信号は700億光子/秒つまり放出蛍光の約10%になります。完全な検出器(100%の量子効率)の場合でも、蛍光放出光子の約20%しか検出できないことになります。
蛍光放出の持続期間は、フォトブリーチングの結果としての蛍光分子破壊の割合によって決まります。含酸素生理食塩水でのフルオレセインの場合、測定の結果、それぞれの分子が、破壊される前にわずか約36,000の光子しか放出できないことがわかっています。脱酸素の環境では、光破壊の割合が約10倍減少するため、フルオレセイン分子あたり360,000の光子が生産されます。この例(720万の分子)の場合、染料プール全体で、2.6 x 10 × E(11)以上、2.6 x 10 × E(12)以下の光子を生成することができます。上記で計算したように、放出率が分子あたり100,000光子/秒であると仮定すると、蛍光は、光破壊まで0.3秒から3秒持続することができます。10%の光子束が検出される場合、1秒あたり7.2 x 10 × E(10)個の電子信号が取得されます。
この例の議論に従うと、検出器が1000 x 1000ピクセルのCCDカメラである場合、この信号は、百万個のセンサーに分配され、1個のセンサーあたり約72,000の電子ということになります。9マイクロメートル平方のセンサーを持つ科学用途のCCDの場合、フルウェル容量は約80,000電子で、リードアウトノイズは10電子未満になります。SN比は、大部分、信号の平方根に相当する光子統計ノイズで決まり、約268になります。この高信号レベルは、ほとんどのケースにおいて、光破壊するまで、ごく短期間しか持続することができません。ほとんどの顕微鏡使用者が、観察期間を延長するために利用する妥協策が、入射光束強度の低減という方策であり、この場合、染料プール内の蛍光分子のごく一部のみが励起されて光破壊されることになります。このため、SN比は、理論上の最大値と等しくならず、蛍光観察法では、通常10〜20程度になります。
単一分子の検出
理論的な条件下では、光学バックグラウンドノイズと検出器ノイズが十分低ければ、多くの場合、単一分子からの蛍光放出を検出することができます。上記で説明したように、単一のフルオレセイン分子は、フォトブリーチングによって破壊される前に、300,000の光子を放出することができます。20%の収集および検出効率であると仮定すると、約60,000の光子が検出されます。このような実験でアバランシェフォトダイオードまたは電子増倍型CCDの検出器を使用すると、研究者は、単一分子の動作を何秒間も、場合によっては数分間も観察することができます。大きな問題は、光学バックグラウンドノイズを適切に抑制することです。顕微鏡のレンズやフィルターの製造に利用される素材の多くは、一定レベルの自家蛍光を発するため、メーカー側は当初、非常に低い蛍光の部品を製造することに労力を注ぎ込んでいました。しかし、まもなく全反射(TIR)を利用した蛍光観察法が、低バックグラウンドと高励起光束の理想的な組み合わせを実現できるということが明らかになりました。
全反射照明蛍光観察法(TIRFM)は、屈折率がまったく異なる2つの媒質の界面で光が完全に内部反射するときに生じるエバネッセント波を利用しています。外部光源を採用した場合の例を図7(a)で示しています。この技法では、ガラスやサファイアなどの、屈折率が高いプリズムにビーム光(通常、拡大レーザービーム)が送られます。なおこのプリズムは、ガラスや水溶液などの屈折率がもっと低い媒質と接しています。光が臨界角より大きい角度でプリズムの中に入ると、ビームは界面で100%内部で反射します。この反射の現象により、屈折率の低い空間に約200ナノメートル以下だけ浸みだした電磁界が生成して、界面でエバネッセント波が生成されます。エバネッセント波の光強度は、その中の蛍光分子を励起させるだけの強さがありますが、その浅さのため、励起される体積は非常に小さくなります。標本がごくわずかしか励起光に晒されないため(界面から200ナノメートル以内に限定)、結果的に、きわめて低いレベルのバックグラウンドが実現されることになります。
図7 - 倒立顕微鏡でのTIRFMの構造
全反射照明蛍光観察法は、広視野技法で利用される落射照明アプローチを改変することによっても実行することができます(図7(b)を参照)。この方法では、非常に高い開口数(1.4以上、ただし1.45から1.6が理想)の対物レンズが必要になる他、小さいスポット照明による一方からの顕微鏡視野の部分照明、または薄いリングによる均一性の高い照明が必要になります。ニコンでは、開口数 1.49の60xおよび100xのTIRF対物レンズを用意しています。また、全反射する照明角度を実現するためには、屈折率が高いレンズ用浸液と顕微鏡カバーガラスが必要です。図7(b)で示しているように、対物レンズの前面レンズ素子から出る光線で、臨界角を下回る角度のもの(図7(b)のA(1)で示しているもの)は、顕微鏡からそのまま出ていきます。角度が臨界角に達するかそれを超えると(図7(b)の角度A(2)で示しているもの)、全反射が起こります。
蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)や光褪色後蛍光回復法(FRAP)など、普及しているその他の先進的な蛍光技法が、分光法同様、他の詳細な情報を得るために、しばしば全反射と組み合わせて使用されます。ニコンTi2-LAPPモジュラー照明システムでも詳細な情報を得ることができます。この方法は、個々の蛍光分子や、蛍光標識した分子の研究を行う上で非常に強力なツールになります。単一分子の特性の研究ではこのように大きなメリットがありますが、これはほんの端緒にしか過ぎません。現在の光学顕微鏡観察法の範囲は、単一分子から動物個体全体に至るまで広範囲に広がっているのです。
結論
最新の蛍光顕微鏡では、高性能の光学部品の能力と、コンピュータ制御の機器、デジタルイメージの取得などの機能と組み合わせることで、肉眼での観察をはるかに越えた、洗練された高いレベルの技術を実現しています。顕微鏡観察法は現在、電子イメージングに大きく依存しており、結果的に、低い光量または視覚的に検出不可能な波長でも速やかに情報を取得できるようになっています。このような技術上の進歩は、単なる見かけ倒しではなく、システムとして光学顕微鏡の必要不可欠な部分になっています。
光学顕微鏡観察法が純粋に描写用の機器または知的な玩具だった時代は、すでに過去のものです。現在、光学画像の形成は、データ分析のための第一歩に過ぎなくなっています。顕微鏡は、イメージングシステムの拡張として画像を表示できる電子検出器、イメージプロセッサー、ディスプレイ装置と組み合わせることで、この最初の一歩を実現しています。フォーカス、ステージ位置、光学機器、シャッター、フィルター、検出器などのコンピュータ制御は、現在では広範に使用されており、これによって、これまで機械式顕微鏡では人の手では実現不可能だった実験的な操作が可能になっています。蛍光観察法への電気光学の応用が増加したことによって、細胞内構造や細胞内顆粒の操作を可能にする光ピンセットまで開発され、同時に、単分子のイメージングや、広範囲の洗練された分光法も実現することになっています。
Contributing Authors
Kenneth R. Spring - Scientific Consultant, Lusby, Maryland, 20657.
Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.