全反射照明蛍光観察法(TIRF)

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蛍光観察法では、蛍光分子の励起および検出を標本の薄い領域のみに限定するために、さまざまなメカニズムが採用されています。背景光を除去することでSN比を劇的に改善することができ、結果的に、観察対象となる特徴や事象の空間分解能も向上します。全反射照明蛍光観察法(TIRFM)では、屈折率が異なる2つの媒質が存在するときに起こる全反射という現象によって、制限された標本領域にエバネッセント波またはエバネッセント場を誘発し、そこで生じる特性を利用します。実際には、TIRFMの用途でもっとも一般的に利用されている界面は、標本とカバーガラスまたは組織培養容器との接触領域になります。

図1 - 全反射照明蛍光観察法

TIRFMの根底を成す概念は新しいものではないにもかかわらず、この技法が近年注目を集めているのは、その多くが、技術的な進歩によって、その利用が容易になったからです。簡単に装置システムが利用できるようになった上、遺伝的にエンコードされた蛍光種など、蛍光分子テクノロジーにも進歩が見られたことによって、多くの細胞膜や表面処理を直接的な方法で調査できるようになりました。

TIRFMの物理的根拠 

全反射(TIR)の物理現象は、現代の光ファイバーデータ伝送のような多様な用途において利用されている他、宝石用原石のカットの際に、全反射が起こりやすい加工にすることで、より輝くように見えるようにするなどといった利用法については、数世紀の歴史があります。それぞれのケースにおいて、屈折率(n)が異なる2つの媒質の界面に光がぶつかったときにそれが屈折(または屈曲)し、その結果、光の一部または全部が、屈折率の高い媒質の方に閉じ込められるということが起こります。1つの媒質を伝播しこのような界面に達する平行ビームは、入射角と2つのメディアの屈折率の差に応じて、2番目の媒質に入るときに屈折するか、あるいは界面で反射します。全反射は、伝播する光が、屈折率が低い媒質の境界に出会う状況でのみ起こり得ます。屈折の挙動は、スネルの法則に従います。

Formula 1 - Snell's Law

n(1) × sinθ(1) = n(2) × sinθ(2)

ただし、n(1)は高い方の屈折率で、n(2)は低い方の屈折率です。入射ビームの角度は、界面の法線との角度として、θ(1)で表され、低い屈折率の媒質の屈折ビームの角度は、θ(2)で表されています。光が、十分に高い角度(これを臨界角 (θ(c))と呼びます)で2つの物質の界面に当たると、屈折方向は界面と平行になり(法線と90°)、これより大きな角度の場合、完全に反射して最初の媒質の中に戻ります。

図2 - TIRFMの標本照射の構造

光が臨界角以上の角度で入射するとき、その光が2番目の媒質に入ることはありませんが、反射光は屈折率が低い媒質において、臨界面に隣接する領域に非常に限定的な電磁場を生み出します。このエバネッセント場は、入射光と周波数が同じであり、界面からの距離によって指数関数的に強度が減衰するため、電磁場は標本内において、最大でもZ軸方向(界面と垂直な方向)に数百ナノメートルしか拡大しません。典型的な実験環境では、照射ビームの波長帯域内またはその付近でエネルギーのポテンシャル電子遷移がある場合、ガラス-液体またはプラスチック-液体表面の近くにある蛍光分子をエバネッセント場によって励起させることができます。エバネッセント場の強度が指数関数的に減衰するために、蛍光分子の励起は厚さが通常100ナノメートル未満である領域のみに限られます。他の技法と比較した場合、この光学的な断面厚は共焦点蛍光観察法の約10分の1ということになります。標本の大部分において蛍光分子の励起が抑制され、二次蛍光放出が非常に薄い領域に限られるため、従来の広視野落射蛍光照明と比較すると、はるかに高いS/N比を実現することがでます。TIRFM方式では、このような強力な信号レベルが発生することから、単分子蛍光を検出することができるようになっています。

全反射照明蛍光観察法の基本的な概念について、図1で簡単に示しています。この図では、蛍光分子(図では緑の蛍光分子)を含む標本細胞が、顕微鏡のスライドガラス上に置かれています。スライドガラスの屈折率(1.518)と水性の標本媒質の屈折率(約1.35)は、スライドガラス内での全反射に適したものになっています。レーザー励起の入射角を臨界角以上の値に調整すると、照射ビームは、界面に接するときに完全に反射し、顕微鏡のスライドに戻されて、標本の媒質内の界面に隣接する領域にエバネッセント場が生成されます。エバネッセント場との反応によって、ガラス表面にもっとも近い蛍光分子が選択的に励起されることになり、これらの放出源からの二次蛍光を顕微鏡の光学系で集めることができます。

すでに説明したように、伝播する光ビームが異なる媒質同士の界面で屈折または反射した後、どのような角度になるかは、界面での光の入射角と2つの媒質の屈折率によって決まります。入射の臨界角は、それを超えると全反射が発生するというものですが、この臨界角はすでに紹介したスネルの法則を利用することによって計算することができます。この式を細胞膜プロセスに関する典型的な生物学的研究に当てはめると、顕微鏡のスライドまたはカバーガラスの屈折率がn(1)(約1.5)となり、n(2)が、水性の緩衝液または細胞質成分(1.33〜1.38)の屈折率になります。n(1)n(2)より大きいときに、θ(1)が臨界角θ(c)を超えると、ガラス媒質の中で全反射が発生します。臨界入射角では、屈折が90°(sinθ(2) = 1)で発生し、スネルの法則により次の式が成り立ちます。

Formula 2 - Snell's Law

n(1) × sinθ(c) = n(2)

つまり

Formula 3 - Snell's Law

sinθ(c) = n(2)/n(1)

ゆえに、臨界角は次のように表すことができます。

Formula 4 - Critical Angle

θ(c) = sin-1n(2)/n(1)

全反射は、臨界角で新しい現象として突然発生するわけではなく、反射が少なく屈折が優勢な状態から臨界角を超えると全反射に連続的に移行していくものです。入射角が臨界角の値まで増えていくと、透過する(屈折する)ビームの強度が低下し、同時に反射したビームが強くなっていきます。臨界角を超えるすべての角度では、全反射が発生し、基本的にすべての光が反射して最初の媒質に戻されます。このとき、光は2番目の媒質に伝播しませんが、反射した光が界面をわずかに侵入し、その後、表面と平行に伝播して、2番目の媒質の界面に隣接する領域に電磁場を生成します。この電磁場はエバネッセント場と呼ばれており、臨界付近の限定的な領域で蛍光分子を励起することができます。励起が可能な範囲は、Z軸方向(界面と垂直な方向)でエバネッセント波のエネルギーが指数関数的に減衰することから、ごくわずかな領域に限定されます。次の式は、このエネルギーを、界面からの距離の関数として定義したものです。

Formula 5 - Energy as a Function of Distance from the Interface

E(z) = E(0)exp(-z/d)

ただし、E(z)は界面からの垂直方向の距離zにおけるエネルギーで、E(0)は、界面におけるエネルギーです。侵入深さ(d)は、入射照明の波長(λ(i))、入射角、界面における媒質の屈折率によって決まり、次の式で表すことができます。

Formula 6 - Penetration Depth

d = λ(i)/4π × (n(1)2sin2θ(1) - n(2)2)-1/2

小さい入射角では、界面を通過して、屈折率が低い媒質に伝播する光波は正弦曲線になり、固有周期を持っています。角度が大きくなると、臨界値に近づくほど屈折光線の周期は長くなり、伝播方向もますます界面と平行に近づきます。臨界角に達すると、波の周期は無限になり、屈折した光の波面は界面と垂直になります。

図3 - 高い開口数の対物レンズでのTIRFM

以上をまとめると、いくつかの決定的要因が顕微鏡観察でのエバネッセント波の利用に関わってくると言うことができます。全反射が発生しエバネッセント場が生成されるようにするためには、光入射の媒質の屈折率が標本媒質の屈折率より大きくなければならず(つまりn(1)n(2)より大きい)、同時に、入射角(θ(1))が臨界角(θ(c))より大きくなければなりません。入射照明の波長は、エバネッセント波の侵入深さと、励起するそれぞれの蛍光分子の両方に影響を及ぼします。蛍光分子については、光源の波長帯において、適切な吸収特性を持っています。このような波長の影響があり、同時に、エバネッセント波のエネルギーがZ軸で指数関数的に減衰するという事実があるために、厚さ100ナノメートル未満という、非常に薄い光学的な断面で、特異性の高い蛍光励起が引き起こされることになります。TIRFMは、適切な屈折率を持つ2つの異なる媒質の界面におけるイメージングに限定されますが、概念的には、この技法はさまざまな用途に適しています。もっとも有力な研究分野の1つは生物医学領域であり、この領域では、細胞表面または原形質膜で発生するプロセスに数多くの根源的な問題が生じていますが、この細胞表面と原形質膜はTIRFM研究に適した界面です。

TIRFMに対する基本的な機器によるアプローチ

全反射照明蛍光観察法のために機器を構成する方法には、プリズム方式と対物レンズ方式という2つの基本的なアプローチがあります。図2では、この2つの一般的な構成を示しています。プリズム方式では、フォーカスされたレーザービームが顕微鏡のカバーガラスの表面に接触しているプリズムを経由することで、カバーガラスに導入され、ビームの入射角が臨界角に調整されます(図2(a)を参照)。プリズムを使用して照射ビームを導入する方法の場合、主に標本の取り扱いに対する幾何学的な制約のために、いろいろな制限が生じることから、この方法は主流の研究ツールにはなっていません。プリズムの構成には多くのバリエーションがありますが、ほとんどの方法で標本へのアクセスが制約されるため、標本スペースに媒質を挿入したり、生理計測を行ったりする際にその取り扱いが難しくなります。

プリズム方式のその他の難点としては、ニコンECLIPSE Ti2などの倒立顕微鏡設計のほとんどの構成において、照明が対物レンズの反対側の標本部分に導入されているために、標本の大部分を通過した上でエバネッセント場領域を生成し、そのイメージングが必要になるということがあります。これを避けるためにプリズムを標本の対物レンズ側に置くと、短作動距離の対物レンズが標本とプリズムの位置にあまりに近くなるため、別の問題が出てきます。全反射を利用するためにイメージングシステムを構成する際、全般的に複雑さが増す上、高い精度も必要になることから、多くの研究者は完全な(「ターンキー」)システムが顕微鏡メーカーから販売されるようになる前に、このようなシステムを諦めてしまいます。この方式を利用したいという研究者は、自身の力で独自のシステムを設計、製作する必要がありました。また、このような困難さに加え、光学ベンチ上にオープンレーザーを設置し保守する必要性もあったことから、プリズム方式の初期のユーザーは、生物学者というより物理学者になってしまいました。

図4 - TIRおよび広視野蛍光でのミクロスフェア

対物レンズ方式は、レンズ照明式と呼ばれることもありますが、この方式の場合、プリズム方式で光を必要な角度で導入する場合に生じる多くの制約を避けることができます(図2(b)を参照)。この方式では、対物レンズを利用して、コヒーレントレーザーまたは非コヒーレントアークランプ照明をカバーガラス-標本界面に導入します。臨界角より大きい入射角は、高い開口数(1.45以上が理想)の対物レンズを使用して実現します。通常、対物レンズの開口数は、レンズの集光能力を特徴付けるものと考えられています。逆に開口数は、対物レンズを照明の誘導のために使用する場合に、光が対物レンズから出ることができる角度の範囲を直接決定するものにもなります。開口数と実現可能な照明の入射角との関係については、次の式によって規定されます。

Formula 7 - 開口数(NA)= n × sin(θ)

Numerical Aperture (NA) = n × sin(θ)

ただし、NAは対物レンズの開口数、nは屈折率、θは対物レンズの開口角の2分の1を示します。この関係式と、上記で示した全反射の条件を組み合わせて考えると、公称屈折率1.38の生体細胞で全反射を実現するためには、1.38以上の開口数を持つ対物レンズでの照射が必要ということになります。標本-ガラス界面で完全に反射するよう構成するためには、対物レンズに入る光が、1.38以上の開口数値に対応する開口円錐の部分を通過しなければなりません。コヒーレントレーザー照明を採用する場合、光が臨界値以上の角度で前方の光学面から出るようにするには、対物レンズ後部開口部の周辺に集中させなければなりません。アーク放電ランプのような非コヒーレント照明の場合は、対物レンズを通って後部開口部の外側領域まで届く光を制限するために、不透明ディスクの形式をしたマスクを光路に入れなければなりません。

対物レンズの後部焦点面での照明を円環領域に限定することにより、通常、臨界以下の角度で現れる照射光円錐の中心からの光線が遮断されます。その結果生成される対物レンズからの放出光は、TIRの界面に当たる中空の円錐の入射光になり、その際の角度は、全反射を発生させる上で十分な角度の半分になります。大きな照射が対物レンズ後部開口部の中心領域(低い開口数の領域)を通る場合は、全反射ではなく落射照明が生成されるため、結果的に像面のS/N比が低下します。実際には、ムーバブルスライダーに不透明な光遮断ディスクを取り付けることによって、TIRFと落射照明イメージングモードを素早く切り替えられるようにしています。

高開口数の対物レンズによってエバネッセント場の励起を起こすようにすると、プリズム方式の場合よりも標本の取り扱いの柔軟性が向上し、測定オプションも増加しますが、入射照明の角度の正確な制御はプリズム方式よりも難しくなります。レーザー光源を使用すれば、プリズムと共役している光の入射角を簡単に広範囲に変化させることができるため、エバネッセント場の侵入深さも容易に制御できるようになります。対物レンズ系については、後部焦点面付近にある対物レンズ内のレーザーの焦点が軸外になり(開口部の外側領域の利点を活用できるようになって)、レンズ軸からの半径方向の距離が増加するため、光が標本に入射するときの角度もそれに応じて増加します(図3を参照)。

対物レンズの開口数が十分であれば、全反射の臨界角に到達することができます。主要な細胞成分(細胞質基質)は屈折率が約1.38であるため、対物レンズには、この値を超える開口数が必要になります。開口数が1.4の対物レンズでは、レンズの周辺領域のごくわずかのみしか全反射に利用できず、臨界角をわずかに越えられるだけであるため、レーザーと後部開口部の共役が非常に難しくなります。明らかに、もっと高い開口数を持つ対物レンズの方が有利であり、臨界角を越える角度の調整についてもその分、余裕が増します。いったん臨界角を越えると、レンズ軸からレーザー焦点までの半径方向距離がさらに増えるため、エバネッセント場の侵入深さを、スムーズかつ再現可能な方法で低減させられるようになります。

TIRFM の利用

一般的に、全反射照明の場合、溶液内でブラウン運動する分子、エンドサイトーシスやエキソサイトーシスを行っている小胞、細胞内でトラフィッキングしている単一のタンパク質など、観察したい光学面の外部に数多くの蛍光分子を持つ標本内の微小な構造体や単一の分子のイメージングが必要な用途において、潜在的な利点があります。通常、このような標本では、励起領域の厚さを制約することによって、S/N比が劇的に増加します。図4では、TIRFM方式(図4(b))と従来型の落射蛍光照明(図4(d))を使用して撮影した、蛍光マイクロビーズの溶液のイメージを示しています。それぞれのイメージの左に、対応する強度ヒストグラムを示しています(図4(a)および図4(c))。S/N比(S/N)が1.3から35に増加した結果、スフェアの分解能が向上していることがイメージからも明らかで、局在もシャープに映っている他、TIRFMイメージに対応するヒストグラムでは信号の強度も向上しています(図4(a))。

図5 - 広視野およびTIR蛍光での細胞の焦点接着

TIRFMは、数多くの生物学的な疑問に対して解答を見つけ出す上で、潜在的に強力なツールになる可能性があると長い間考えられており、20年以上も利用されてきましたが、最近まで、この技法はあまり注目を集めていませんでした。まず、1980年代初頭、ヒト皮膚線維芽細胞の細胞-基底接触に蛍光脂質で標識を付け、TIRFMで研究されました。ほぼ同じ時期に、TIRFMを光褪色後蛍光回復法(FRAP)と併用して、生体分子の表面ダイナミクスを解明するという、別の研究が行われている他、表面に結合したウシ血清アルブミンのエネルギー移動に注目した研究も行われています。後者の研究は、現在急速にその応用が拡大しているもう一つの方式、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)とTIRFMとを併用して実施されました。

TIRFM、光刺激など、最新の技法の利用が現在拡大していますが、このようなトレンドは、先進のモジュラー機器が広く提供されるようになったことが大きな要因で、その結果、それぞれの特定研究用途のために独自のシステムを設計、製作する必要がなくなっています。他の重要な要因として、広範囲の問題に適用できる万能の生物学ツールが開発されたことも挙げられます。その中でもっとも重要なものは、おそらく、緑色蛍光タンパク質(GFP)およびその青緑色、青色、黄色、赤色誘導体が利用できるようになったことです。GFPは、クラゲ由来の化学物質ですが、蛍光の発現と表出のために種に固有の補因子を使用する必要がなく、種を越えて、さまざまな実験で使用することができます。生物的蛍光分子は、遺伝子組み換えを通じて、すでに数百ものタンパク質に挿入されており、その可能性は本質的に無限です。GFP変種が開発された結果、神経伝達物質の放出プロセスにおける細胞内カルシウムのインジケータとして機能するような機能も生み出されています。これらのタンパク質は、蛍光共鳴エネルギー移動を利用したいくつかの研究において、モニターされてきました。

TIRFMは、細胞間相互作用に関わる多くのタンパク質のメカニズムとダイナミクスの両方に対する研究において、理想的なツールになっています。図5は、従来型の広視野落射蛍光方式(図5(a))とエバネッセント波照明(図5(b))を利用した生体細胞(GFP-ビンキュリンを発現したPtK1カンガルー腎上皮細胞)の比較イメージです。TIRFMのイメージでは、基底界面での細胞接着斑における融合タンパク質の局在が明らかにされており、落射照明イメージの場合に面外の蛍光のせいでぼやけていた箇所と比較すると、劇的な差異があります。ライブセルイメージングは、TIRFM方式でもっとも有望なアプリケーションの1つです。たとえば接着斑に関わるタンパク質など、細胞膜表面におけるタンパク質の相互作用は、細胞生物学においてきわめて重要になっています。正常細胞の成長に関わる信号や、細胞-基底接触(接触阻害)によるその信号の減衰について理解することができれば、がんなどの病気の原因になる異常細胞の成長についても、洞察を得られる可能性があります。

図6 - タンパク質のダイナミクスのタイムラプスシーケンス

生体分子レベルでは、基底で成長する細胞の薄い糸状仮足に変異タンパク質GFP-Racをトラフィッキングして単一分子をイメージングする目的で、TIRFM方式が利用されてきました(図6)。このタンパク質は、細胞運動性に関わるものであり、細胞膜でのその相互作用のダイナミクスについての知識がこのプロセスを理解する上では大変重要になります。ダイナミクスの研究において、TIRFMを使用することで、十分な時間分解能を持つ単分子蛍光を画像化することが可能になります。これは、TIRFM方式の場合、エバネッセント波の励起によって際立ったS/N比を実現できるためです。図6は、200ミリ秒間隔で撮影した4枚の連続的なタイムラプスフレームで、基底から成長しているアフリカツメガエルの細胞の細い糸状仮足の中での、GFP-Rac融合タンパク質分子(矢印)の動きを示しています。

TIRFMは、カバーガラス-標本の界面、またはその付近で生じる構造とプロセスの研究に限定されますが、同時に、生物科学および生物医科学で現在関心が持たれている多くの疑問について、細胞膜上で検証できるという思いがけない副産物もあります。神経科学分野は、TIRF顕微鏡法がさまざまな根本的な疑問の解決に役立っている分野の1つです。この技法の利用に適している分野として、神経伝達物質の放出とシナプスでの取り込みの研究があります。歴史的に見ると、シナプス小胞での放出(エキソサイトーシス)や取り込み(エンドサイトーシス)など、膜のトラフィッキングと融合のメカニズムは、遺伝的アプローチ、生化学的アプローチ、電子顕微鏡法を使用して研究されてきました。これらの技法は、ある意味で間接的であるか、発生するプロセスの瞬間的な表現しかできないかのいずれかであり、細胞膜の活動の複雑なダイナミクスを解決することはできません。

パッチクランプ法が開発されると、電気容量測定が可能になり、きわめて小さい電気的変化によって、膜表面領域での増加や減少、酸化物の放出などを示すために使用されるようになりました。この技法の短所は、融合事象しか検出されないことで、時間分解能は高くなりますが、重要な事象の空間的位置に関する情報がほとんど得られないという点です。すべての事象がまとめて検出されるため、特異性は把握されず、小胞のトラフィッキング、ドッキング、膜融合などの他のステージの詳細については、通常、細胞の測定値と動力学モデリングを組み合わせることによって推測していました。電子顕微鏡法での調査では、並外れた空間分解能が得られますが、生体細胞または動的な研究は不可能で、瞬間的な画像と他の測定値との相関係数を把握するのが非常に難しくなります。TIRFM方式の強みは、ごく最近の研究で明らかになっているように、タンパク質-小胞の動的な反応を、直接的に、視覚的に観察できるということにあります。

図7 - TIRF顕微鏡法で観察したタンパク質-小胞の反応

TIRFMでは、個別の小胞を光学的に解像できるようになり、さらにその反応のダイナミクスを直接追跡できるようになったことから、神経生物学的プロセスに関連する莫大な数のタンパク質を、これまでにない方法で研究できるようになっています。近年の研究では、蛍光脂質を含有したシナプス小胞のアクティブゾーンから放出が起こった後、原形質膜から20ナノメートルの位置にある貯蔵プールから小胞輸送が行われ、放出されたものが補充される様子が示されました。他の研究では、培養した肥満細胞のエンドサイトーシスの動的なプロセスにおけるアクチンの役割を直接視覚化したものなどもあります。蛍光標識を付けた飲作用小胞の周辺にGFP-アクチンフィラメントが観察され、それが、アクチン繊維にある細胞に取り込まれる様子が観察されました。図7で、TIRFMのタイムラプスシーケンスを示していますが、この図では、エンドサイトーシスの際のGFP-アクチンのダイナミクスがわかるようになっています。6枚の連続フレームは、0〜65秒までの異なる時間間隔に対応しています。なお、各フレームの白い矢印は、GFP-アクチン融合タンパク質シグナルを示しています

図8では、エンドサイトーシスの際の小胞-アクチン反応を示すマルチスペクトルイメージングを示しています。2チャンネルイメージ(図8(a))では、細胞外液内で、Texas Redデキストランを含む小胞の周辺に、緑色標識が付いたGFP-アクチンが見られます。3枚の2チャンネルイメージのタイムラプスシーケンス(図8(b)〜図8(d))によって、飲作用プロセスにおける、アクチン-小胞反応の時間的なダイナミクスに対する洞察が得られます。この種の研究を論理的に拡張し、さまざまなシナプスタンパク質の反応やダイナミクスを研究するために、異なるGFPカラーバリアントを利用して、これらのシナプスタンパク質に標識を付けることもできます。

TIRFMの標本は、二次元でイメージングされますが、生体細胞の研究と固定染色の準備の両方において、小胞の位置や細胞内の構造に関する三次元情報を取得できるメカニズムがあります。図9は、チューブリンに対し免疫細胞化学的に標識を付けて、広視野落射蛍光(図9(a))とエバネッセント波照明(図9(b))を使用してイメージングした細胞内の構造を示しています。従来の落射照明では画像化できなかった構造的な詳細が、TIRFMのイメージで明らかになっています。2つのイメージモードを比較する場合、疑似カラーを重ねるとその差が強調されます。図9(c)では、落射蛍光に緑色が割り当てられ、TIRFMイメージが赤で表示されています。

TIRFMの原理は、照明の入射角を変えることでエバネッセント波の侵入深さを変えれば、蛍光分子を、深さごとにナノメートル単位で識別できるようになるということを示唆しています。侵入深さを正確に制御するためのこの技法は、プリズム式のシステムでより簡単に実現することができます。この方法は近年改良され、音響光学偏向素子(AOD)を利用して、入射角を速やかに変更する方法が開発されています。エバネッセント場の深さを速やかに変動させることによって、異なる深さと位置を正確に決定することができ、それによって、ターゲットの小胞やその他の構造を追跡できるようになります。TIRFMでのAODの利用法にはさまざまなものが考えられ、たとえば、マルチラインレーザーを装備したシステムで、照明の波長をすぐに変調できるきわめて高速なシャッターとして活用するなどの方法も考えられます。

図8 - マルチスペクトルの小胞-アクチンダイナミクス

これまで説明したように、対物レンズを使用したシステムで入射角を変化させようとする場合、プリズムを使用する場合ほど容易に実現することができません。ただし、高開口数を持つ新しい対物レンズでは、入射角の調整の範囲が大幅に改善されています。一般的に、対物レンズ式のシステムの場合、放出された光をより多く検出することができ、その信号の強度は距離に応じて単調に減少していきます。この特性は、蛍光信号レベルが軸の位置に関連するようになるため、TIRFMシステムの校正の際に有利であり、三次元イメージに対して新しいアプローチを提供することにもなります。

将来的な発展の見通し

TIRFMの基本的な理論は現在すでに確立しており、この技法の実際の実装についても、近年の技術的な進歩によって大幅に改善しています。その結果、この技法を利用した生体分子および細胞生物学研究件数が、ますます増えています。正立顕微鏡および倒立顕微鏡に搭載するTIRFMシステムの構成は、レーザー光源を使用することで比較的単純なものになり、対物レンズの中心領域を通過する光を遮断するために改変する場合は、従来型のアークランプ光源を使用して構成することができます。他の光学技法と組み合わせることによって、TIRFM用に構成できる完全なモジュラー顕微鏡システムが現在市販されています。また、一部のメーカーは、全反射用途専用として設計された、高い開口数を持つ対物レンズを提供しており、ニコンのApo TIRF対物レンズなどもこれに当たります。TIRFM方式は、従来型の落射蛍光照明以外にも、明視野、暗視野、位相差、微分干渉など広範囲の照明モードと互換性があります。対物レンズ式のシステムの特別な利点として、原子間力顕微鏡など、生体分子を取り扱うためのさまざまなメカニズムと組み合わせて使用できるということがあります。このように、TIRFMが他の補助技法と組み合わせて利用されるということが、今後も続いていくと考えられます。

生体細胞において、複数の波長、高い時間分解能でイメージデータを取得することが、TIRFMにおいては非常に有望な分野であり、さまざまな染色技法と組み合わせて利用することが拡大していけば、これまで可能だったレベルを上回る詳細さで、細胞のダイナミクスが明らかにされることは間違いありません。近年、研究により、単一の波長で励起できる蛍光分子を利用した二波長発光検出が報告されており、多波長励起のシステムを構成することによって、TIRFM機能を拡大できる可能性があります。単分子の研究についても、染色特性の発展や検出器の継続的な改良に伴って、大きく進歩していくことが考えられます。細胞研究におけるTIRFMアプローチは、遺伝子操作や分子操作技法が進歩し、エバネッセント波励起で実現する高い時間分解能や空間分解能での光学検出を利用できるようになることで、さらに拡大し続けていくと考えられます。

図9 - 広視野およびTIR蛍光照明での細胞構造

TIRFMと共焦点レーザー走査型顕微鏡法(LSCM)は、一定の共通の機能を持っているため、この2つの技法は、問題を研究するためのアプローチを評価する際、自然と比較されることになります。どちらの技法も、光学セクショニング機能を搭載していますが、共焦点顕微鏡法の場合、事実上すべての標本面を選択的にイメージングできるのに対し、TIRFMアプローチでは、適切な屈折率の界面を持つ標本領域のみにイメージングが限定されます。ただし、共焦点方式での最低光学断面厚は約600ナノメートルであり、これはTIRFM方式で一般的な断面厚100ナノメートルよりもはるかに厚くなっています。多くの用途では、(たとえば細胞の損傷を減らすためにも)標本に入る全光束を最小限に抑えるのが理想的ですが、共焦点機器では比較的大きい標本容量に照射するため、TIRFMより早く限界値に達してしまいます。また一般的に、複雑なスキャニングシステムを必要としないTIRFM機器を構成する方がより経済的になり、ほとんどすべての研究レベルの最新型光学顕微鏡でこれを構成することができます。すぐに構成できるような完全なシステムが、多くのメーカーによってすでに提供されていますが、これがTIRFM方式への一番簡単な入口であり、これを利用した上で、他の強力な光学イメージングモードを持つ機能を組み合わせて使用すると良いでしょう。

Contributing Authors

Stephen T. Ross and Stanley Schwartz - Bioscience Department, Nikon Instruments, Inc., 1300 Walt Whitman Road, Melville, New York 11747.

Thomas J. Fellers and Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.

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全反射照明蛍光観察法(TIRF)

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