位相差観察法概論

位相差観察法は、1934年にオランダの物理学者、フリッツ・ゼルニケが最初に考案したコントラスト強調光学技法で、生体細胞(通常培養されたもの)、微生物、組織薄片、リソグラフィパターン、繊維、ラテックス分散、ガラス破片、細胞内顆粒(核やその他の細胞内小器官を含む)などの、無色透明の標本に対して高コントラストの像を作成することができます。
図1 - 位相差顕微鏡の構成
実際のところ、位相差法では、微細な位相の変動を、それに対応する振幅の変化に変換する視覚機構を利用しており、これをイメージのコントラストの差として可視化できるようになっています。位相差観察法の主な利点として、生体細胞を観察するとき、殺したり固定したりすることなく、非染色で観察できます。これにより生物現象の動態を細部まで高いコントラスト、シャープな輪郭で観察することができます。
図1で示しているのは、最新の正立位相差顕微鏡の断面図で、位相差顕微鏡内の光路図もあわせて示しています。部分ごとに見ると、まず、ハロゲンランプによって照射された平行光が、コレクタレンズを通過し、コンデンサーの前側焦点面に配置されている専用のリング(「リング絞り」〈condenser annulus〉と表記されているもの)に集められます。このリングを通過した光は標本を照射し、あるものは直進しますが、あるものは標本内の構造や屈折率のために回折して位相が遅れます。直進した光と回折した光は対物レンズで集められて、位相板の後側焦点面で分離され、中間像面で焦点を結び、最終的な位相差像が作られて、これを接眼レンズで観察します。
位相差法が発明される前は、特に固定標本、染色標本などの可視光の自然吸収が高い試料において、透過明視野照明が、光学顕微鏡でもっとも一般的に利用される観察法でした。明視野照明でそのまま像が得られる標本は、集合的に振幅物体(または標本)と呼ばれます。これは、光が標本を通るときに、照明光の振幅つまり明度が減少することからついた用語です。
標準的な明視野顕微鏡では、無色透明の標本に対してコントラストを付けるための技法として、他の位相差光学素子を利用することもあり、その代表例として染色法が挙げられます(図2を参照)。標本(位相物体と呼ばれる)によって光が回折し位相がずれる光波は、位相差によって変形されて振幅の差が現れ、これが接眼レンズで観察されます。大きく拡大された標本も、これらの物体の端部で発生する回折および散乱現象により、位相差光学で容易に視覚化されます。最新の位相差顕微鏡は非常に精巧になっており、この技術を電子拡大技術および取得後のイメージ処理と組み合わせることによって、非常に小さい内部構造を持つ標本、あるいはほんのわずかなタンパク分子でさえ、検出できるようになっています。
図2で示しているのは、明視野照明および位相差照明の両方で撮影した、培養された生体細胞画像の比較です。使用している細胞は、アミノ酸、ビタミン、無機塩類、ウシ胎児血清を含む培養液に浸し単層培養で育てたヒトの脳のグリア細胞です。明視野照明(図2(a))の場合、細胞は、膜、核、浮遊細胞(円形や球形)など、屈折率が高い領域のみが半透明になっており、見える状態になっています。同じ視野でも、位相差光学素子を使用して観察すると、構造がきわめて細かい部分までわかるようになります(図2(b))。かなりの内部構造が見えるだけでなく、細胞接着も認識できるようになります。また、コントラスト範囲も劇的に改善しています。
図2 - 明視野と位相差で観察した生体細胞
ゼルニケの位相差光学理論は、高度に専門化した分野(この場合、理論物理学)での研究成果が、生物学や医学など、一見無関係な分野において、革新的な新しい進歩をどれほどもたらすかの格好の例になっています。第二次世界大戦の間、ドイツ、イェナのZeiss Optical Worksが、実践的な位相差光学の顕微鏡を最初に製造しました。生物学研究への影響はすぐに現れ、それは絶大なもので、やがてこの技法が広範に応用されるようになり、それが今日まで続いています。ニコンなどの光学メーカーが製造している最新の位相差対物レンズでは、微分干渉法、蛍光法、偏光法などの補助的なコントラスト強調技法と組み合わせて使用できるようになっています。これらの対物レンズには、周辺(非回折)照明の吸収および位相のずれのレベルを変化させられる位相板が組み込まれており、位相差観察法で広帯域の標本コントラストと背景の明度を選択できるようになっています。
位相標本での光波の相互作用
照明光線の入射波面は、位相標本を通過するとき、2つの成分に分かれます。主要な成分は、直進(または非回折、ゼロ次)の平面波面で、一般的に周辺(S)波と呼ばれ、標本内を通過するものと迂回するものがありますが、標本と相互作用することはありません。さらに、偏移または回折した球面波面(D波)も生成され、それが広い円弧状(多方向)に散乱して、対物レンズの開口径全域を通過します。周辺光波と回折光波は、標本平面を出た後、対物レンズの先端レンズ素子に入り、その後、中間像面で焦点を結び、干渉によって一緒になって、合成粒子波(P波と呼ばれることもあります)を生成します。位相差観察法で生成されるさまざまな光波の間の数学的な関係式は、次のように表現することができます。
Formula 1 - Relationship Between Various Light Waves Generated in Phase Contrast Microscopy
P = S + D
標本イメージの検出については、明度の相対的な差に依存するため、結局のところ、粒子波および周辺波(P波およびS波)の振幅に依存することになります。粒子波および周辺波の振幅が、中間像面で著しく異なっている場合、この標本はかなり大きなコントラストを持つことになるため、結果的に顕微鏡の接眼レンズにおいて容易に可視化されます。ただしコントラストが大きくない場合は、標本が無色透明のままになるため、通常の明視野の条件下(つまり、位相差技法やコントラスト強調技法を使わない場合)と同じような像になります。
標本とその周囲媒質の間の光路の変化について言えば、標本を横切る(D波)にもかかわらず周囲媒質の中を通過しない(S波)入射光波面の部分は、わずかに遅れます。位相差観察法の議論においては、通過する波の光路の長さを変える(実際には相対的な位相のずれ)という標本の役割は、きわめて重要になります。古典的な光学では、物体または空間を通過する光路長(OPL)は、関係式で示したように、物体または介在媒質の屈折率(n)と厚さ(t)の積になります。
Formula 2 - 光路長
光路長(OPL)= n × t
光が、ある媒質から別の媒質に通過していくとき、その速度は2つの媒質の屈折率の差に比例して変化します。そのため、フォーカスされた顕微鏡のフィラメントから放射されたコヒーレントな光波が、特定の厚さ(t)と屈折率(n)を持つ位相標本を通過するとき、その光波は速度が増加または減少します。標本の屈折率が周囲媒質の屈折率より大きい場合、その波は、標本内を通過するときに速度が低下し、標本から出るときに相対的な位相に遅れが発生します。対照的に、周囲媒質の屈折率が標本の屈折率より大きい場合、その波は、標本から出るときに位相が前進します。標本と周囲媒質から出てくる波面の位置の差は、 位相のずれ(δ)と呼ばれ、ラジアンで次のように定義されます。
Formula 3 - Phase Shift
δ = 2πΔ/λ
上記の式で、Δは光路差と呼ばれるもので、光路長と同等のものになります。
Formula 4 - Optical Path Difference
光路差(OPD)= Δ = (n2 - n1) × t
ただし、n(2)は標本の屈折率で、n(1)は周囲媒質の屈折率です。光路差は、標本の厚さと、周囲媒質の屈折率の差という、2つの項の積になります。多くの場合、光路差は、標本の厚さが小さい場合でも、きわめて大きい値になります。一方、標本の屈折率が周囲媒質の屈折率と等しい場合、標本の厚さの大小に関係なく、光路差はゼロになります。
チュートリアル - 標本の光路長の変動 (English)
屈折率と厚さの変化が光路長にどのような影響を及ぼすか試してみてください。2つの標本は、これらの変数をさまざまな組み合わせでとることができますが、同じ光路長が示されていることがわかります。
組織培養内の個々の細胞では、光路差は比較的小さくなります。単層培養における典型的な細胞では、厚さが約5マイクロメートルで、屈折率が約1.36になります。細胞は、屈折率1.335の培養液に囲まれているため、光路差は0.125マイクロメートルで、約1/4波長(緑光)になります。細胞内構造では、遅れははるかに小さくなります。光路差がこのように小さい場合、輝度は直線的に減少し(イメージが徐々に暗くなる)、位相のずれが(位相板の構成によって変動する)一定の点まで拡大しますが、その点以降は、コントラストの反転により標本のイメージが明るくなります。位相差観察法の場合、画像の輝度は、厚さと屈折率の幅全体で変動があるため、生成する標本の光路差との間で、単純な直線的な関係になりません。むしろ輝度は、位相板における吸収度、位相板における位相の進みや遅れの程度、この位相のずれの相対符号などといったさまざまな要因によって決まります。
位相差観察法における波の相互作用
(位相差光学アクセサリーがない状態の)明視野観察法での、像面における、標本領域の周辺波、回折波、粒子波(S波、D波、P波)の間の位相の関係を図3に示しています。周辺波および粒子波は、その相対的な振幅が標本のコントラストを決定するもので、(それぞれ)赤と緑の線で表現しています。また、標本からの回折によって生成される波は、直接観察されることはないもので、小さい振幅の青い波で表現しています。周辺波と回折波は干渉して結合し、顕微鏡の像面で合成粒子波を生成します。図3で示しているそれぞれの波の振幅は、個別の成分波の電気ベクトルの合計を表しています。
図3 - 明視野観察法での波と位相の関係
回折波は、周辺波と比べると振幅が小さく(像点において回折光子数が周辺光子数よりも少ないため)、標本との相互作用により約90°(1/4波長)位相が遅れます。合成粒子波(回折波と周辺波との干渉によって生成)で示される、1/20というわずかな位相のずれは通常、細胞内の微細な部分において、光路長の差に関連して観察されます。周辺波および粒子波の振幅はほとんど同じであるため、無色透明の標本はコントラストに欠け、背景が明るいと、ほとんど見えなくなります。
明視野観察法および位相差観察法における個別の波面の関係は、極座標系を使用してベクトルで描くことができます。この系では、ベクトルの長さが特定の波の振幅を表し、固定基準との相対的なベクトルの回転角(角位相差)が位相のずれの程度を示します(図3(b)を参照)。位相差観察法における波の相互作用のベクトル表現は、フリッツ・ゼルニケによって導入され、後にロバート・ベアラーによって確立されました。この表現法は今日あまり使われませんが、過去数年間発表されている多くのテキストと研究報告では、波の関係を表現するのに、ベクトル図が多く使用されています。
位相差ベクトル図では、位相の遅れは(任意の方位角から)時計回りで示され、位相の進みは反時計回りで表現されます。図3(b)は、専門的にはフェーザ図ですが、この図において、周辺(S)波面と回折(D)波面のベクトルの合計が、合成粒子(P)波面として生成しています。波の関係性をこのように表現する方法は、回折波の位相のずれや、それが合成粒子波の位相にどのような影響を及ぼすか(同時にその逆も)の視覚化に役に立つため、非常に便利です。図3(b)での回折波と周辺波との位相のずれは、Φで表現されています。ただしΦは、次のように示すことができます。
Formula 5 - Phase shift of the Diffracted Wave Relative to the Surround Wave
Φ = ± 90° + φ/2
この式で、φは、周辺(S)波ベクトルと粒子(P)波ベクトル間の相対的な位相のずれ(光路差の関数)を表しています。無視できる光路差を示している(事実上位相のずれがない)標本の場合、式の後ろの項が0になるため、Φが± 90°になります。図3(b)で示しているように、回折(D)波は、振幅が非常に小さく、位相のずれも小さい(あるいは存在しない)ため、粒子波は、周辺波とほとんど等しい振幅になります。周辺波および粒子波が同様の振幅(または明度)を持っている場合、コントラストは発生せず、標本は、明るい背景色の中では見えない状態になります。
位相差顕微鏡
位相差顕微鏡の設計の根底にあるもっとも重要な概念は、周辺波面と、標本によって生成される回折波面の分離です。なお、この回折波面は、対物レンズの後側焦点面の異なる場所(対物レンズの後部開口部における回折面)に投影されます。また、像面での標本と背景の明度の差を最大にするためには、周辺(直進)光の振幅を低減すると同時に、位相を(1/4波長分)前進または遅延させなければなりません。相対的な位相の遅れを生成するメカニズムは、2段階になっており、まず、標本において回折波の位相が1/4波長分遅れるようにし、次に、対物レンズの後側焦点面上または非常に近い位置にある位相板において周辺波の位相が前進(または遅延)するようにします。明視野顕微鏡を位相差観察用に転換するためには、わずかに2つの専用のアクセサリーを使用するだけで済みます。そのために、対物レンズの後側焦点面にある内部の位相板と径が適合し、光学的に共役の位置に配置された特殊設計のリング絞りを、コンデンサーの前側焦点面に設置します。
図4 - 位相差顕微鏡の光路図
リング絞り(図1および図4を参照)は、通常、無色透明の円形リングが付いた不透明なフラットブラック(光吸収性)の板で、コンデンサーの前側焦点面(開口部)に配置します。こうすることで、リングから出た、焦点が合っていない平行光波面によって、標本が照射されるようにします。顕微鏡のコンデンサーは、無限遠でリング絞りの像を作り、対物レンズは後側焦点面(以下で説明するように、共役位相板が配置されている場所)で像を作ります。多くのテキストにおいて、位相差顕微鏡のコンデンサーから出ている光を、中心部が暗くなっている中空の円錐として描いていることに注意する必要があります。この考え方は、この構成を表現する上で便利ですが、厳密には正確ではありません。リング絞りは、コンデンサーの前部開口部にある調整可能な開口絞りの代わりに使うか、そのそばに配置されます。位相リングと開口絞りが付いたコンデンサーを使用して位相差の実験を行うときは、開口絞りが、位相リングの周辺より広く開いていることを必ずチェックする必要があります。微分干渉法やホフマン変調コントラスト法と異なり、位相差照明および検出が円形になっているため、方向依存性の機器なしで、標本の観察を行うことができます。また位相差法は、偏光や複屈折の影響を受けないため、プラスチックの組織培養容器で培養した生細胞を観察する際にも大きなメリットがあります。
ケーラー照明の条件下では、標本に作用しない周辺光波は、対物レンズの後側焦点面(回折面)にあるブライトリングで焦点が合います。このような条件下では、対物レンズの後側焦点面がコンデンサーの前部開口部面と共役となるため、非回折(ゼロ次)光波が、対物レンズの後部開口部でリング絞りの明るい像を作ります(位相板の像と重なります)。標本によって回折した球面波面(D波)は、対物レンズの後部開口部全域のさまざまな位置で回折面を通過します。回折光の分布(量と場所)は、標本内の光散乱物質の数、大きさ、屈折率の差によって変動します。ほとんどの標本では、入射光波の一部のみが回折し、光の大部分は直進して最終的に像面全体を照射します。
対照的に、周辺平面波面は、リング絞りの共役に対応する、対物レンズの後部開口部の一部のみを占有します。そのため、2つの波面は、広範囲で重なり合うことはなく、対物レンズの後側焦点面の異なった部分を占めます。直接的なゼロ次光と回折光は、回折面で空間的に分かれるため、それぞれの波成分(周辺〈S〉または回折〈D〉)の位相を、互いに干渉し合うことなく、別々に操作することができます。
チュートリアル - 位相差顕微鏡の光路 (English)
位相差顕微鏡の光路を確認し、この系が、どのようにして入射電磁波を周辺(S)、回折(D)、合成粒子(P)の各成分に分けるかを学習してください。
位相板は、標本内を通過する周辺(または直進)光の位相および振幅を選択的に偏光できるよう、対物レンズの後側焦点面(図4および図5を参照)上または近い位置に取り付けられます。一部の位相差対物レンズでは、薄い位相板に、ガラスにエッチング加工されたリングが含まれており、その結果薄さを実現でき、周辺(S)波の位相を特異的に1/4波長だけ前進させられるようになっています。多くの場合、このリングは、透過率を下げた金属膜でコーティングされており、周辺光の振幅を60〜90%低減させるようになっています。後側焦点面は通常、内部レンズ素子の近くにあるため、一部の位相差対物レンズは、レンズの表面に実際にエッチングすることによって製造されています。対物レンズの製造方法は別として、記憶しておくべきもっとも重要な点は、すべての位相差対物レンズが、他のすべての顕微鏡対物レンズにはない、位相板という機能を内蔵するよう加工されているということです。
合成粒子波は、もっぱら周辺波面と回折波面の干渉によって生成されるため、像面に到達する波面の干渉では、減光されている場合、周辺波よりもはるかに低い振幅を持つ粒子(P)波が生成されます。最終的な効果は、標本によってもたらされる相対的な位相差を、像面に現れる光の振幅(明度)の差に変換するということです。ヒトの目は明度の差をコントラストに変換するため、この時点で標本は、顕微鏡の接眼レンズで見ることができ、従来型のカメラシステムで撮影することも、CCDやCMOSデバイスを使用してデジタルで捉えることもできます。すべてのダークコントラストシステムでは、直線的な周辺(S)波面の位相を、球面波の回折(D)波面との相対関係で、選択的に前進させています。また、ブライトコントラストでは、周辺波面を、標本で回折した光波よりも遅らせます。
一般的に、周囲媒質よりも屈折率が高い標本は、ニュートラルグレーの背景で暗く映り、培養液よりも屈折率が低い標本は、ニュートラルグレーの背景で明るく映ります。ただしこれは常に当てはまるわけではなく、ニュートラルデンシティーが高い特殊な位相差対物レンズを、低い遅延値(1/8波長以下)で使用すると、厚い標本でコントラストの反転が起こることもあります。最終的な効果は、光路差が非常に大きい領域が明るく映るということになります。
位相差光学系で空間的に分かれた周辺波面と回折波面の位相と振幅を修正するために、数多くの位相板構成が導入されています。位相板は対物レンズの後側焦点面(回折面)上または非常に近い位置に配置されているため、顕微鏡を通過するすべての光はこのコンポーネントを通過しなければなりません。リング絞りに焦点が合う位相板の位置は共役領域と呼ばれ、残りの領域は集合的に補足領域と呼ばれています。共役領域には、回折波面の位相から+90°または-90°、周辺(非回折)光の位相を変更するための素材が含まれています。一般的には、位相板の共役領域は、補足領域に分散する周辺光の量を低減させるため、リング絞りのイメージで定義されている領域よりも(約25%)広くなっています。
図5 - 対物レンズ開口部と位相差光学機器
さまざまな倍率と対応するリング絞りを持つ、位相差対物レンズの典型的なシリーズを図5に示します。一般原則として、対物レンズの開口数と倍率が高くなると、位相板の幅と直径の両方が小さくなります。対照的に、リング絞りのサイズは、対物レンズの倍率に伴って大きくなります。また、図5では、ポジティブとネガティブの位相板構成に対する基本的な概念を表す断面図も示しています。ポジティブの位相板は、ダークコントラストを生成するもので、周辺波面の振幅を低減させるための部分吸収性の膜を含んでいます。またこの位相板は、回折光の位相を90°シフト(遅延)させるために設計された、位相遅延素材も含んでいます。ネガティブの位相板にも、位相遅延素材と部分吸収素材の両方が含まれていますが、この場合は、両方の素材が位相板の中に挟まれており、非回折の周辺波面が、影響を受ける(90°分、位相が減衰し遅れる)唯一の要素になるよう配慮されています。
最新の顕微鏡メーカーのほとんどの位相板は、薄い誘電体膜および金属膜をガラス板または直接、顕微鏡対物レンズ内のレンズ表面の1つへ真空蒸着することで製造されています。誘電体薄膜の役割は光の位相をシフトすることであり、一方、金属膜の方は、非回折光の輝度を減衰させます。一部のメーカーは、光学系への反射で生じるグレアや迷光の量を少なくするため、薄膜と組み合わせて複数の反射防止コーティングを利用しています。位相板がレンズの表面に形成されていない場合、通常、対物レンズの後側焦点面付近にあるレンズとレンズの間に固定されています。誘電体膜、金属膜、反射防止膜の厚さと屈折率は、光学接着剤のものと同様、位相板の補足領域と共役領域の間の必要な位相のずれを生成するために、慎重に選択されています。光学用語では、周辺光の位相を回折光から90°(ポジティブでもネガティブでも)変更する位相板には、光路差に対するその効果から、1/4波長板という名前が付いています。
コントラストは、金属膜(または反射防止コーティング)の吸収度、位相遅延金属の屈折率、位相板の厚さなど、位相板の性質を変えることで調整します。複数の顕微鏡メーカーが、コントラストの度合いが漸進的に異なっている、さまざまな位相差対物レンズを提供しています。たとえばニコンのラインナップには、5種類の位相差対物レンズがあります。対物レンズのDL(Dark Low)シリーズでは、明るいグレーの背景に、暗いイメージのアウトラインが生成されます。これらの対物レンズは、組織培養細胞など、周囲媒質と屈折率が著しく異なっている標本について、ダークコントラストを生成する設計になっています。もう少しコントラストが低いバージョンのDLL(Dark Low Low)という対物レンズでは、明視野照明でDL対物レンズよりも明るいイメージが得られるため、蛍光法、明視野法、暗視野法、微分干渉法での組み合わせ観察のための汎用対物レンズとして利用されます。
ニコンではまた、アポダイゼーション位相差対物レンズも製造しています。このレンズは、ハローを低減するために設計された、副次的なニュートラルデンシティーリングを中央の位相リングのいずれかの側に持つというものです。位相差が非常に小さい標本は、ニコンのDM(Dark Medium)ダークコントラスト対物レンズでのイメージングに最適で、これを使用すると、ミディアムグレーの背景に暗いイメージのアウトラインが生成されます。ブライトコントラストについては、ニコンはBM(Bright Medium)対物レンズを提供しており、このレンズは、微生物の鞭毛、原生動物、フィブリン繊維、小球体、血液細胞などの目視検査に特に適しています。BM位相差対物レンズでは、ミディアムグレーの背景に明るいイメージが生成されます。さらにニコンでは、特定の倒立顕微鏡モデルで使用するために、外部位相差モジュールも提供しており、これを使用すれば、高性能の位相差に対応していない対物レンズを使用しながら位相差イメージングを行うことができます。このモジュールでは、対物レンズの後部開口部と共役の面に位相リングを挿入できるようになっています。
顕微鏡で高コントラストのイメージを生成するためには、ほとんどの場合、周辺波面の相対的な位相のみを単純に前進させるだけでは不十分です。これは、周辺波の振幅が回折波よりもかなり大きいために、波全体のごく小さな領域から起こる干渉で生成されるイメージが抑えられるためです。周辺波面の振幅を、回折波に近い値まで減らす(そして像面で干渉を起こす)ためには、半透明の金属(ニュートラルデンシティー)コーティングを施すことによって、対物レンズの位相板の不透明度を上げます。周辺光波は、位相差顕微鏡の設計のため、ほとんど単独で位相板を通過しますが、不透明な位相板が入ることで、その振幅が元の明度の10〜30%のレベルまで劇的に低下します。
図6では、ダークコントラストおよびブライトコントラストイメージの生成に関連する、位相板の構成、波の関係性、ベクトル図を示しています。また、これらの技法で撮像された標本の例もあわせて示しています。前に説明したように、標本平面から出る回折光の球面波面は、その平面の周辺(非回折)波面の位相から1/4波長遅れます。ダークコントラスト光学構成(図6の上段イメージ)では、周辺(S)波面が位相板を通過するとき1/4波長前進するため、位相のずれは180°(波長の半分)になります。前進した周辺波面は、中間像面で回折(D)波との相殺的干渉に参加できるようになります。
図6 - ダークコントラストおよびブライトコントラストシステム
ダークコントラストの概要を、図6の上段部分で示しています。ダークコントラスト位相板(図6の左側)には、ガラス板にエッチングされたリングがあり、屈折率の高い板によって波の物理的経路を低減させる働きがあるために、周辺波がここを通過するとき、1/4波長前進します。回折した標本の光線(D波)は標本と相互作用するとき1/4波長遅れるため、位相板から出るときには、周辺波と回折波の間の光路差は1/2波長になります。その結果、周辺波と回折波の間に180°の光路差が発生し、それが、像面において、高い屈折率の標本に対する互いに打ち消しあう干渉をもたらすことになります。ダークコントラストの相殺的干渉波の振幅特性は、図6の上のグラフで描いています。合成粒子(P)波の振幅は、周辺(S)波より小さいため、(「POS」と書かれている)右端のホシミドロの緑藻の画像で示しているように、物体の方が背景より相対的に暗く映ります。図6のグラフと画像の間にベクトル図がありますが、この図では、ダークコントラストの場合に、周辺波が1/4波長前進していることを示しており、ベクトルが反時計回り方向に90°回転しています。
また、図6の下段部分で示しているように、顕微鏡の光学系でブライトコントラストを生成することも可能です。この場合、周辺(S)波が、回折(D)波よりも1/4波長(前進するのではなく)遅れています。結果として、高い屈折率の標本は、暗いグレーの背景よりも明るく映ります(図6の下段部分の「NEG」と書かれている画像を参照)。ブライトコントラストでは、対物レンズの位相板に、ゼロ次の周辺波の位相を回折波の位相より1/4波長遅れさせる厚みのあるリングが含まれています(ダークコントラストで位相を前進させていたのと対照的)。回折波は、標本を通過するときにすでに1/4波長遅れているため、周辺波と回折波との光路差は排除され、像面において、高い屈折率の標本に対する互いに合算される干渉が発生することになります。ただしブライトコントラストでは、合成粒子(P)波は、振幅が周辺(S)波より高くなります(図6の下段部分を参照)。また、ブライトコントラストのベクトル図では、周辺波のベクトルが時計回り方向に90°回転しています。
チュートリアル - ダークコントラストおよびブライトコントラスト (English)
このインタラクティブチュートリアルでは、明視野での周辺(S)、回折(D)、合成粒子(P)波の間の関係に加え、ダークコントラスト観察法およびブライトコントラスト観察法でもその関係がどうなるか試してみてください。
対物レンズの後側焦点面で形成される回折パターンが、位相差および他のすべての光学顕微鏡の形式において、標本で偏移、散乱したすべての空間周波数のフーリエ変換になっていることに注意してください。その結果、中間像面で生成されるイメージおよび接眼レンズで観察(または検出器で記録)される最終的なイメージは、対物レンズの後側焦点面および接眼レンズ(接眼レンズの前面レンズから離れた位置)でそれぞれ形成される回折パターンの逆フーリエ変換になります。位相差観察法では、このような光学的共役特性を利用し、特定のイメージ情報の空間フィルタリングを行うために顕微鏡の開口関数を修正することによってイメージのコントラストを高めます。対物レンズの後側回折面に位相板(フィルター)を入れることによって、標本の位相の変化量を、最終的な画像で観察できる輝度の変化量に変換することができるのです。
位相差イメージの解釈
位相差観察法で生成されたイメージは、(単層組織培養で成長した生体細胞の場合など)標本が薄く基底上に均等に播種されている場合、その解釈は比較的簡単です。ダークコントラスト光学は、ほとんどのメーカーがこれまで採用してきた方式ですが、これを使用して薄い標本を検査する場合、標本の屈折率が媒質より高いとき、その標本は周囲媒質より暗く映ります。位相差光学では、細胞膜と培養液の境界など、大きな標本の周辺にある端部付近のコントラストを特異的に強くし、全体的に高いコントラストのイメージを生成しますが、これは、おおよその密度マップと解釈することができます。位相差における標本イメージの振幅と明度は、屈折率と光路長に関連しているため、イメージの密度を、さまざまな構造の関係を推測するための尺度として利用することができます。実際、液胞、細胞質、間期核、核小体(または有糸分裂染色体)など、密度が高くなる一連の細胞内小器官は、通常、背景などの固定基準より徐々に暗くなる物体として視覚化されます。また、すべての位相差イメージで光学アーチファクトが多数発生する他、大きい標本の場合は、コントラストとイメージ明度の変動が大きくなることにも注意が必要です。位相差顕微鏡で大きい標本と小さい標本の両方がどのように映るか判断する際は、対称性も重要な要因になります。
位相差イメージの解釈が微妙な場合、重要な構造的外観にアーチファクトが誤って現れていないことを慎重に精査し検討しなければなりません。たとえば、ほとんどの細胞内小器官や物質では周辺の細胞質より屈折率が高いにもかかわらず、一部のみ屈折率が低いということが往々にしてあります。このような多数の細胞内構造において屈折率にばらつきがあるために、生体細胞の内部を、ダークコントラストの位相差顕微鏡で観察すると、非常に明るい部分からきわめて暗い部分まで明るさが変動していることがあります。たとえば、植物や単細胞原生動物で見られる飲小胞、脂肪滴、気胞は、細胞質より屈折率が低いため、他の成分より明るく映ります。対照的に、すでに述べたように、高い屈折率を持つ細胞内小器官(核、リボソーム、ミトコンドリア、核小体)は、顕微鏡で暗く映ります。標本による位相の遅れが十分に大きい場合(回折波の位相のずれが約1/2波長分)、回折波と周辺波との干渉は合算的干渉になり、このような標本を周辺の背景より明るく映します。
位相差イメージでのブライトコントラストとダークコントラストについての混乱を避けるため、標本のプレパラート内で発生する光路差について慎重に考慮する必要があります。すでに述べたように、光路差は屈折率と標本(物体)の厚さの積で算出されるもので、標本と背景(回折および周辺)波の間の相対的な位相のずれと関連しています。成分の相対的な厚さに関する情報がなければ、位相差イメージの中で、高い屈折率の成分と低い屈折率の成分を区別することは不可能です。たとえば、高い屈折率を持つ小さい標本が、低い屈折率を持つ大きい標本と同じ光路差を示す可能性もあります。位相差光学系でこの2つの標本を見ると、それぞれの標本にほぼ同じ輝度が現れます。多くの生物学実験では、細胞や細胞内小器官の縮小や膨張をもたらす条件が発生すると、それに応じて、コントラストが著しく変動する可能性があります。外部の媒質についても、標本イメージのコントラストを変化させるために、高い屈折率または低い屈折率を持つ別の媒質と交換することができます。実際、周囲媒質の屈折率の変化がイメージのコントラストに与える影響は、液浸屈折率測定として知られる技法の基盤になっています。
図7 - Specimens in Positive and Negative Phase Contrast
図7では、いくつかの半透明の標本を、ダークコントラストおよびブライトコントラスト光学系で表示したものを示しています。図7(a)および7(b)は、櫛鱗を持つ魚の鱗を、比較的高い倍率(200x)によりダークコントラスト(図7(a))とブライトコントラスト(図7(b))で撮影したものです。このような鱗は一般的に、硬骨魚(真骨類と呼ばれる)の多くに見られるものです。それぞれの鱗の前方(前)部分は通常、先行する鱗の後方部分に隠れています。魚の成長に合わせて鱗も成長し、鱗の大きさが増大するのに合わせて、木の年輪と同じような同心円の「年輪」が増えていきます。櫛鱗の成長パターンは、魚の年齢を推定するときに利用されることもあります。年輪は、ダークコントラストでは、グレーの明るいハロー領域に囲まれて暗く見えますが(図7(a))、ブライトコントラストでは、はるかに明るく描かれており、暗い溝に囲まれています(図7(b))。
チャイニーズハムスター卵巣生細胞の培養細胞は、増殖培地に浸したとき、明視野照明モードで無色透明に映り、細胞は、栄養緩衝生理食塩水と非常に近い屈折率を持っています。ダークコントラストでは、核や細胞内小器官など、内部の細胞の細部を容易に視覚化することができます(図7(c))。ただし、ブライトコントラスト照明で検査すると、細胞のアウトラインは区別が難しくなり、屈折率の高い細胞内小器官は非常に明るくなりますが、それ以外の内部の細部は大部分不明瞭になります(図7(d))。最後の図はヒトの赤血球で、ダークコントラストでは、ドーナツ型の外形と明るい中心部を持つダークグレーの楕円体として映っていますが(図7(e))、ブライトコントラストでは、同じ細胞が、暗い中心部を持ち明るく映っており(図7(f))、背景からシャープに際立っています。
非常に一般的な位相差イメージへの影響は2つあり、1つは特徴的なハロー、もう1つはシェードオフコントラストパターンで、こちらは、輝度が標本と周囲媒質との間の光路差(屈折率と厚さの値)と直接対応しているわけではありません。これらのパターンは、位相差光学系の自然な結果として発生するものですが、位相アーチファクトや像の歪みなどと呼ばれることもあります。ダークコントラストのあらゆる形式において、明るい位相ハローが、大きい標本の形状と媒質の間の境界の周囲に現れます。ブライトコントラスト光学系では、同じハローが標本より暗く映ります。これらの効果は、光路差の変動によってさらに強調され、明るいハローが、ダークコントラストで暗くなり、暗いハローが、ブライトコントラストで明るくなることもあります。
ハローは位相差観察法で発生しますが、これは、対物レンズの位相板の中にある円形の位相遅延(およびニュートラルデンシティー)リングが、標本の回折光をわずかに透過させるためです(通過する周辺波のみに制約されません)。この問題は、リング絞りによって位相板に投影されるゼロ次の周辺波面の幅が、実際の位相板リングの幅より小さいという事実によってさらに複雑になります。位相板リングと周辺波面との幅の差は通常25〜40%ですが、それは光学設計の制約や要件のために必要になります。対物レンズの回折面にある円形位相変換リングの空間位置のために、標本で回折した低い空間周波数に対応する波面のみが、位相板のリングを通過します。このため、回折した標本の波で位相板を通過したものが、ゼロ次の(直進または周辺)光と90°(1/4波長)位相がずれたままになります。生成する位相差ハローアーチファクトは、ゼロ次の周辺波面と非常に浅い角度で、標本で回折した低い空間周波数情報の減衰によるものなのです。実際、標本で回折した低空間周波数の波面と直進光波との間に互いに打ち消しあう干渉がないことにより、標本の周辺で局所的なコントラストの反転(これがハローと呼ばれます)が起こります。画像にシャープなエッジを生成するためには、標本で回折するすべての空間周波数を、最終画像に表現しなければなりません。
チュートリアル - シェードオフおよびハロー位相差アーチファクト (English)
観察される輝度が、標本と周囲媒質との間の光路差(屈折率と厚さの値)と直接対応しない場合の、シェードオフおよびハローアーチファクトを調べることができます。
位相差ハローは特に、核、珪藻、全細胞など、大きい空間周波数の物体の周辺で顕著になり目に付きます。ハローアーチファクトのその他の要因として、相殺的な領域から建設的な領域への、像面での光エネルギーの再分散が挙げられます。大きな高コントラストのハローが出現すると、赤血球、菌類、原生動物、酵母細胞、細菌など、光路差が大きい標本で紛らわしいイメージになることがあります。一方、多くの標本において、ハロー効果により、標本とその周辺の背景のコントラストの差が強調され、薄い端部および境界の細部に対する可視性が向上する場合もしばしばあります。この効果はブライトコントラストで特に有用で、その場合、低周波数のイメージの細部の周辺に暗いハローが生成されます。多くのケースで、位相のずれと回折の程度を低減させることができ、その結果として、標本周辺のハローの大きさが縮小します。ハローの輝度を除去または減衰させるためのもっとも簡単な方法は、グリセロール、マンニトール、デキストラン、血清アルブミンなど、高い屈折率成分のものに変えて観察媒質の屈折率を変えることです。場合によっては、媒質の屈折率を変えることで、イメージコントラストが反転し、背景の輝度をあまり阻害することなく、暗い標本の外形を明るくすることさえできます。
ハロー効果は、対物レンズの後部開口部付近で、中央の位相リング材の周囲にニュートラルデンシティー材の小さいリングを持つ、特別に設計された位相対物レンズを利用することによって、大幅に低減させることもできます。このような対物レンズは、アポダイゼーション位相差対物レンズと呼ばれ、大きい位相差を持つ位相物体の構造の細部を、際立ってクリアで鮮明に表示、撮影することができます。ほとんどの場合、アポダイゼーション対物レンズを使用すると、細胞内器官(核小体など)を、ダークコントラストを持つものとしてはっきり区別できますが、従来型の位相差光学機器を使用した場合、この同じ器官が、明るいハローを持つか、明るいスポットとして撮像されます。アポダイゼーション光学機器を使用すると、回折光の振幅が、標本を通過する直接光の振幅より大きいことから、コントラストが反転します。
実際には、アポダイゼーション光学系によるハローの低減と標本コントラストの増大は、後側焦点面で対物レンズに組み込まれている位相板内の位相膜のそばに配置された振幅選別フィルターを利用することで実現することができます。この振幅フィルターは、位相膜の周囲の位相板に取り付けられたニュートラルデンシティーの薄膜で構成されています。従来型の位相板における位相シフトリングの透過率は約25%で、アポダイゼーション板の位相シフトリング周辺にある隣接するリングの組み合わせでは、50%の透過率を持つニュートラルデンシティーのアポタイゼーション板が付いています。両方の板にある位相膜の幅は同じです。これらの値は、位相差顕微鏡の標準的な位相板で使用される位相シフト用の薄膜の透過率値と一致しています。
図8 - ダークコントラストおよびブライトコントラストでのシェードオフ
シェードオフは、位相差観察法で一般的なもう一つの光学アーチファクトで、大きい位相標本の場合によく見られます。通常は、径全体に渡って一定の光路長を持つ大きい位相標本のイメージは、顕微鏡において均一に暗く映るか明るく映ります。残念ながら、位相差顕微鏡によって生成されるイメージの輝度は、標本で生成される光路差に対して必ずしも単純な直線的関係になりません。位相板での吸収度や位相の遅延や前進の量、位相板とリング絞りの相対的な重なりサイズなどといった、その他の要因も、重要な役割を果たします。大きく、均一に厚い標本のダークコントラストの輝度特性は、多くの場合、端部から中心部にかけて少しずつ増加し、中央部の輝度が周辺媒質の輝度に近づく可能性があります。(ネガティブの位相標本の場合、逆になります)。この効果はシェードオフと呼ばれ、スラブ材(ガラスやマイカ)、レプリカ、扁平な組織培養細胞、大きな細胞内小器官など、大きく平面的な標本を観察するときによく観察されます。
長方形の形状を持ち、周囲媒質より屈折率が高い架空の大きい位相標本(図8(a))に対する、ダークコントラストおよびブライトコントラストでのハローおよびシェードオフアーチファクトの効果を、図8に示しています。また、標本の中心部で記録された輝度プロファイルを8(b)に示しています。ダークコントラスト(図8(c))では、標本のイメージに明るいハローがはっきりと現れている他、劇的なシェードオフ効果も現れており、それは、標本の端部から中心部に向かって輝度が少しずつ増加していることからわかります(図8(d)の明度特性を参照)。ハロー効果とシェードオフ効果は、ブライトコントラストでは逆の輝度プロファイルになっています(図8(e)および8(f))。ブライトコントラスト光学技法の場合、標本のイメージを暗いハローが囲んでおり(図8(e))、シェードオフは端部で明るく、中心部に行くほどグレーレベルが下がっています。また、輝度プロファイル(図8(f))は、ダークコントラストで見られるものと逆になっています。
シェードオフ現象はまた、均一な厚さを持つ標本の中心部が、端部および境界にある屈折率が高い領域と異なる方法で光を回折させることから、一般的にゾーンオブアクション効果とも呼ばれます。標本の中心部では、端部と比べて、回折光の相対角度と量の両方が劇的に減少しています。標本の中心部で発生する回折波面では、ゼロ次の直進周辺波面からわずかな空間偏移しかない(ただし、依然として1/4波長分、位相が遅れている)ため、周辺光と同じように、対物レンズの後側焦点面にある位相板によって捉えられます。結果として、標本の中心部の明度は、本質的に背景の明度と同じなります。比較的平面な標本領域でシェードオフ効果が現れ、端部と境界で過度に高いコントラストが生成されるという事実は、位相差メカニズムが、回折と散乱が組み合わさった現象によってコントロールされていることを示す有力な証拠になっています。
ハローおよびシェードオフアーチファクトは、位相板と観察対象の標本の幾何特性および光学特性の両方に依存しています。特に、位相板素材の幅と透過率が、このような効果を制御する上で重要な役割を果たします(位相板の幅は通常、対物レンズの全開口部領域の約1/10)。位相板が広くなり、透過率が低下するほど、ハローとシェードオフの輝度が高くなりますが、リング径はこれらの効果に対してあまり影響しません。特定の位相対物レンズ(ポジティブ、ネガティブを問わず)では、光路差の他、標本の大きさ、形状、構造が、ハロー効果およびシェードオフ効果の大きさに大きな影響を持ちます。また、これらの効果は、対物レンズの倍率によっても大きく影響を受け、倍率が低いほどイメージの質は高くなります。
結論
位相差技法は、薄い無色透明の標本について、解像度を犠牲にすることなく、コントラストを高める上で優れた方法であり、生体細胞の動的な事象の研究で使用すると有用なツールになることがわかっています。位相差光学系が導入される前は、明視野観察法において、人工的な染色技法を使用し、細胞などの半透明の標本を見えるようにしていました。これらの標本は暗視野および斜光照明を使用したり、明視野顕微鏡のピントをずらしたりすることで観察、記録できますが、この方法は、細胞の構造や機能についての重要な情報を提供する上で、信頼性が低いということがわかっています。
位相差の技法は、生物学および医学の研究、特に細胞学と組織学の分野において広く利用されています。実際、この方法は、明視野照明だと無色透明となる生体細胞、組織、微生物を観察するときに利用されています。位相差技法では、植物と動物の両方の細胞/組織の皮膜、核、ミトコンドリア、紡錘体、分裂装置、染色体、ゴルジ体、細胞顆粒など、内部の細胞成分を容易に視覚化することができます。また、位相差観察法は、腫瘍細胞の診断の他、培養中の広範囲の生体細胞に対する成長、動態、ふるまいを観察する目的でも広く採用されています。組織培養研究で採用されている倒立顕微鏡のための特殊な長作動距離の位相差光学系も開発されています。位相差観察を活用できる他の生物学分野としては、血液学、ウイルス学、細菌学、寄生虫学、古生物学、海洋生物学などがあります。
位相差技法の産業用途および化学用途には、鉱物学、結晶学、高分子形態研究などの分野があります。無色の微結晶、粉末、粒子状固体、結晶性高分子などは、周辺の浸漬液と屈折率がわずかしか違わないため、位相差観察法を使用すると、多くの場合観察が容易になります。実際、定量屈折率測定は、屈折率の値を取得する目的および同定の目的でよく利用されます。位相差光学技法で精査されるその他の市販製品として、粘土、脂肪、油、石けん、塗料、顔料、食品、薬品、織物、その他の繊維などもあります。
入射光位相差観察法は、ほとんど微分干渉法に取って代わられましたが、集積回路、結晶転位、欠陥、リソグラフィなど、表面の検査には有効です。この例として、半導体産業で非常に重要になる、シリコンエピタキシャルウェハーの積層欠陥などが挙げられます。反射光位相差システムでは、照明リングの像が、位相板が通常置かれている、対物レンズの後側焦点面に投影されます。しかも、位相板は対物レンズ内に配置されておらず、後側焦点面の像は、位相板により生成される反射や散乱を防止する補助レンズシステムによって形成されます。反射光位相差観察法では、位相差は、標本内の位相勾配ではなく、標本表面の起伏によって発生するということに注意が必要です。
ハローおよびシェードオフアーチファクトの低減は、位相差観察法では最大の関心事になります。アポダイゼーション位相板は、ハローの大きさを減らす上で有用で、専用の可変位相差システムは、この技法で得られるイメージ品質や情報の忠実度を最適化するために、微調整しながらこれらの効果をコントロールすることができます。また、光路差が大きい位相標本の正確な測定を可能にする先進の位相差システムの開発については、他のコントラスト強調技法との組み合わせ観察同様、相当な関心が集まっています。特に、位相差技法は、蛍光色素の位置を決定するために蛍光イメージングと一緒に利用されることが多く、走査型光学顕微鏡においてコントラストを高める上でも有望です。
Contributing Authors
Douglas B. Murphy - Department of Cell Biology and Anatomy and Microscope Facility, Johns Hopkins University School of Medicine, 725 N. Wolfe Street, 107 WBSB, Baltimore, Maryland 21205.
Ron Oldfield - Department of Biological Sciences, Division of Environmental and Life Sciences, Macquarie University, New South Wales 2109, Australia.
Stanley Schwartz - Bioscience Department, Nikon Instruments, Inc., 1300 Walt Whitman Road, Melville, New York 11747.
Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.