複屈折の原理

複屈折は、分子的に規則正しい配列を持つ透明な物質で発生する、光の二重屈折と定義することができ、屈折率に、方向によって異なる差が生じることが、その特徴になります。多くの透明な固体は光学的に等方性を持っており、屈折率が、結晶格子のすべての方向で等しくなっています。等方性を持つ固体には、たとえばガラス、食塩(塩化ナトリウム、図1(a)を参照)、多くの高分子化合物、広範囲の有機化合物と無機化合物などがあります。
図1 - 等方性および異方性を持つ物質の結晶構造
もっとも単純な結晶格子構造は、図1(a)の塩化ナトリウムの分子モデルで示している立方晶系で、この場合、すべてのナトリウムイオンと塩化物イオンが、相互に垂直な3つの軸に沿って均一なスペースで配列されます。それぞれの塩化物イオンは、6つの単体のナトリウムイオンに囲まれて(電子結合して)おり、逆にナトリウムイオンも6つの塩化物イオンで囲まれています。図1(b)で示している格子構造は、方解石(炭酸カルシウム)鉱物のもので、こちらはやや複雑な構造になっていますが、カルシウムイオンと炭酸塩イオンはかなり規則正しい三次元配列になっています。方解石は、異方性を持つ結晶格子構造になっており、等方性を持つ結晶とはまったく異なるかたちで光と反応します。図1(c)で示している高分子化合物は、アモルファスになっており、はっきりとした周期的な結晶構造を欠いています。高分子化合物には多くの場合、ある程度の結晶秩序があって、光学的には透明なことも透明でないこともあります。
結晶は、光学的な挙動や、その結晶軸が同等かどうかによって、等方性と異方性のいずれかに分類することができます。等方性を持つ結晶はすべて同等の軸を持っており、入射光波に対して結晶がどのような向きになっているかに関係なく、光に対して同じように反応します。等方性を持つ結晶に光が入る場合は、一定の角度で屈折し、単一の速度で結晶内を通過して、結晶格子の電子要素との反応で偏光することはありません。
異方性という言葉は、特性が不均一に空間分布していることを示しており、そのために、同じ物質内でいくつかの方向から標本を検査するときに、異なる値が取得されることになります。観察対象の特性は、多くの場合、採用する特定の検査法によって決まり、観察対象の現象が光、音、熱、磁気、電気のどの事象であるかによって変動します。一方で、すでに説明したように、等方性の特性については、測定の方向に関係なく対称的な状態が維持され、どのような種類の検査でも、同じ結果が報告されることになります。
石英、方解石、トルマリンなど、異方性を持つ結晶は、結晶学的な観点からは明確に異なった軸を持っており、入射角に対する結晶格子の方向によって、光と反応するメカニズムが異なってきます。光が、異方性を持つ結晶の光学軸に入るとき、等方性を持つ結晶の場合と同様の方法で反応し、単一の速度で結晶内を通過します。しかし、同等でない軸に光が入るときは、屈折して2つの光線になり、それぞれが、互いに直角(相互に垂直)の振動方向で偏光して、異なる速度で通過するようになります。この現象が、二重屈折または複屈折と呼ばれるもので、異方性を持つあらゆる結晶において、程度の差はありますが常に見られます。
電磁放射は、互いに垂直に正弦パターンが交互発生している、振動する電磁界ベクトルとして、波動伝播方向に向かって、空間を伝播します。可視光線は、電気成分と磁気成分の両方で構成されているため、物体を通過する光の速度も、物質の電気伝導率に依存する要因の一つになります。透明な結晶を通過する光波は、中を通過している間、局所的な電界と反応することになります。電気信号が物質内を通過するときの相対速度は、信号の種類と電子構造との反応によって変動し、物質の誘電率と呼ばれる特性によって決まります。光波と、光が通る結晶との反応を定義するベクトルの関係は、格子電気ベクトルの固有の方向、および波の電気ベクトル成分の方向によって決まります。そのため、光波が物質を通過するとき、その物質と反応する方法について理解するには、異方性を持つ物質の電気特性について慎重に考慮することが重要になります。
図2 - 方解石結晶を通過する光路
二重屈折の現象は、電磁気学の法則に基づいており、1860年代に英国の数学者、ジェームズ・クラーク・マクスウェルによって初めて提唱されました。彼が入念に算出した一連の式の結果、物質を通過するときの光の速度が、真空内の光の速度(c)を、物質の誘電率の平方根(e)と媒質の透磁率(m)の積で割ったものと等しいことが示されています。一般的に、生物的な物質およびそれに関連する物質の場合、顕微鏡使用者の関心の対象である、多くの電導性および非電導性の標本と同じように、1.0に近い透磁率を持っています。そのため、物質の誘電率と屈折率との関係は、単純な式で表すことができます。
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ε = n2
ただし、εは誘電率を表す変数で、nは物質の測定された屈折率を表します。この式は、それぞれの光の周波数に応じて導き出されており、多色光が物質を通るときに生じる散乱は無視されています。異方性を持つ結晶は、複雑な分子および原子の格子方向によって構成されており、その電気特性は、検査されるときの方向によって変動します。結果として、異方性を持つ結晶を光が通過するときに、屈折率も方向に伴って変動し、方向固有の軌道と速度を引き起こすことになります。
おそらく、もっとも劇的に二重屈折が現れるのが、図2で示している、炭酸カルシウム(方解石)結晶の場合です。方解石を物体の上に置くと、その菱面体晶劈開部によって、2つのイメージが生成され、結晶を通過する反射光で、それが見えるようになります。一方のイメージは、透明なガラスや等方性を持つ結晶を通して物体を見たときに通常想定されるような方法で現れ、もう一方のイメージは、二重屈折光の性質のために、わずかにずれて見えます。異方性を持つ結晶が光を屈折させるとき、入ってくる光線が2つの構成要素に分割し、その構成要素が結晶を通るときに、異なる経路を取って、別々の光線として現れます。この独特な動作は、すでに述べたように、結晶格子の原子の配列が原因です。原子の正確な幾何学的配列が、結晶軸に関して対称になっていないため、結晶を通過する光線が、伝播の方向によって、異なる屈折率をとることがあるのです。
異方性を持つ結晶を通過する光線の一方は、正常屈折の法則に従い、結晶内をすべての方向に同じ速度で通過します。この光線は、常光線と呼ばれています。もう一方の光線は、結晶内の伝播方向に応じた速度で通過しますが、この光線は、異常光線と呼ばれます。そのため、結晶に入ってくるそれぞれの光線は、結晶の遠端部から見ると、相互に垂直な平面で振動する電界ベクトルを持った直線形に偏光した光線として現れ、常光線と異常光線に分かれて見えることになります。
図3 - 複屈折の方解石結晶の電気ベクトルの方向
このような現象を図2から図4で示しています。図3(b)で示している方解石結晶は、白い紙に書かれた大文字Aの上に置かれていますが、結晶を通して二重のイメージが見えています。文字を中心にして結晶をゆっくり回転させると、文字のイメージの一方は変わらないままですが、もう一方のイメージは、最初のイメージの周辺を360°の円軌道で回っていきます。図3(b)では、常光線(O)および異常光線(E)の両方に対する電気ベクトル振動面の方向を両方向矢印で示しています。ただしこれらの軸は互いに垂直になっています。結晶の光学軸は、角に接している3つのすべての結晶面で同じ角度(103°)になりますが、結晶の下部でも示されます。方解石の複屈折の度合いが大きいため、常光線および異常光線で形成されるAという文字のイメージは完全に分離されます。このような高いレベルの複屈折が、異方性を持つすべての結晶で観察されるわけではありません。
図3(a)および図3(c)で示しているように、方解石結晶で異常光線および常光線の電気ベクトルの方向を判定するときは、透明な2色性偏光子を利用することができます。この偏光子を、水平方向の電気ベクトルを持つすべての光波が透過するような方向に向けると(図3(a))、垂直方向に同様のベクトルを持つ波が吸収されます。同様にその逆も当てはまります(図3(c))。図3で示している方解石結晶の場合、異常光線の電気ベクトル振動の角度が垂直になっており、偏光子が水平方向に向けられると、それが吸収されることになります(図3(a))。この場合、常光線からの光のみが偏光子を通過し、文字Aの対応するイメージのみが見られます。対照的に、振動伝達方向が垂直に向くように偏光子の向きを設定すると(図3(c))、常光線が遮断され、異常光線によって生成された文字Aのイメージのみが唯一見えるようになります。
図3では、常光線および異常光線を引き起こしている入射光線は、光学軸から傾いた方向で結晶に入っており、それが、ここで観察される複屈折の特性の原因になっています。しかし、図4のように、入射光が、光学軸と平行または垂直な方向から結晶に入る場合、異方性を持つ結晶の動作は変動します。入射光が、光学軸と垂直に結晶に入る場合、上記で説明したように、常光線と異常光線に分かれはしますが、両者は異なる光路をとることなく、両方の光線の軌道は一致します。常光線と異常光線は、同じ位置で結晶から出ていきますが、双方の光路長が異なっているため、その後、互いとの間で位相がずれていきます(図4(b))。ここで説明した2つのケースについては、傾斜したケース(図2および図3を参照)を図4(a)で示しており、入射光が複屈折結晶の光学軸と垂直になっている状況を図4(b)で示しています。
入射光線が、光学軸と平行な方向で結晶に影響する場合(図4(c))、これらの光線は、常光線として作用し、異方性を持つ複屈折結晶で、個別の成分に分割されることはありません。方解石などの異方性を持つ結晶も、このような環境下では、(ガラスのような)等方性を持つ物質であるかのように作用します。結晶から出ていく光線の光路長は同じになり、これに関連する位相のずれはありません。
図4 - 複屈折結晶による光波の分離
二重屈折および複屈折という用語は、異方性を持つ結晶が、入射光を常光線と異常光線に分離する能力を指すために同じ意味で使うのが一般的ですが、実際には、この2つの現象は、同じプロセスの異なる現れ方を示しています。光線が、それぞれ異なる角度で屈折し、2つの可視部分に実際に分離することが、二重屈折のプロセスです。対照的に、複屈折は、分離の物理的原因、つまり幾何学的に配列された物質の方向に影響を受けた、屈折率の変化が存在することを表すものです。異方性を持つ結晶を通過するときの異常光線と常光線の屈折率つまり複屈折の差が測定可能な量になり、次の式の絶対値として表現することができます。
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複屈折 (B) = |ne - no|
ただし、n(e)とn(o)は、それぞれ異常光線と常光線の屈折率です。この式は、光波が結晶の光学軸に沿って伝播する場合を除き、異方性を持つ結晶のどの部分、どの断片でも当てはまります。それぞれの成分の屈折率の値は変動する可能性があるため、これらの値の差の絶対値が複屈折の総量になりますが、複屈折の符号自体はマイナスまたはプラスのいずれかになります。分析方法によって複屈折の符号が決まりますが、これを、異方性を持つ標本を分類する際に利用し、それぞれの分類を正の複屈折、負の複屈折と呼びます。標本の複屈折は固定値ではなく、照明の入射角に対する結晶の角度によって変動します。
光路差は、複屈折に関連する古典的な光学概念で、どちらも、異方性を持つ物質から出ていくときの異常光線と常光線との相対的な位相のずれとして定義されます。一般的に光路差は、標本の厚さに屈折率を乗算することで計算されますが、ただしこれは、媒質が均一であり、屈折率が大きなずれや変動勾配がない場合のみに限られます。この量は、複屈折の値と同様、通常、ナノメートル単位で表現され、標本が厚くなるほど大きくなります。2つの屈折率値(n(1)とn(2))を持つ系の場合、光路差(D)は次の式から算出されます。
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光路差 D = (n1 - n2) • t(厚さ)
複屈折結晶を通過した後の常光線と異常光線の位相の関係と速度の違いについて考えるため、多くの場合、相対遅延と呼ばれる量が使われます。上記で説明したように、2つの光線が、互いに直角に振動するような角度に向いています。それぞれの光線は、結晶に入るとき、わずかずつ異なる電気環境(屈折率)に遭遇し、それが、光線が結晶を通過するときの速度に影響します。屈折率の差があるため、一方の光線が、もう一方の光線より遅い速度で結晶を通過します。言い換えると、遅い光線の速度が、速い光線より遅れるということになります。この遅延値(相対遅延)は、次の式を使用することによって、定量的に判定することができます。
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遅延値(Γ)= 厚さ(t)x 複屈折(B)
もしくは
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Γ = t • |ne - no|
ただし、Γは、その物質の定量的な遅延値、tは複屈折結晶(または物質)の厚さ、Bは、上記で定義しているように、測定済みの複屈折を表します。遅延値に影響を及ぼす要因は、常光線および異常光線が現れる環境での屈折率の差の大きさであり、同時に標本の厚さでもあります。明らかに、厚さや屈折率の差が大きいほど、光波の間の遅延の度合も大きくなります。方解石鉱物を最初に観察するとわかりますが、図3で示しているように、方解石結晶が厚ければ、結晶を通じて映されるイメージの分離の差も大きくなります。この観察結果は、上記の式と一致しており、結晶(または試料)が厚くなるほど、遅延も大きくなります。
複屈折結晶における常光線の作用については、均一な媒質において点光源からウェーブレット(小波)が出ると主張するホイヘンスの原理に基づいて、球面波面という言葉で表現することができます(図5を参照)。波の屈折率があらゆる方向に対して均一であるため、等方性を持つ結晶の中でのこのような波の伝播は、一定の速度で発生します(図5(a)。対照的に、異常光波の拡大する波面の場合は、方向によって屈折率の変化が起こりますが(図5(b)を参照)、これは、回転楕円体の表面によって説明することができます。
図5 - 異方性を持つ結晶の波面伝播
異常光波の速度の上限と下限は、楕円の長軸と短軸によって定義されます(図5(c))。波面は、楕円の長軸と平行な方向に伝播するときに最高の速度に達するため、これをファスト軸と呼びます。一方、もっとも遅い波面は、波が楕円の短軸に沿って進むときに発生します。そのためこの軸は、スロー軸と呼ばれます。他の方向に進む波面は、この2つの極値の間で、屈折率が方向に応じて少しずつ増減し、その間の速度で伝播していきます。
透明な結晶性物質は一般的に、分子格子に存在する光学軸の数によって定義される2種類のカテゴリーに分類されます。一軸性結晶は、単一の光学軸をもっており、方解石、石英、規則正しい合成構造または生体構造など、一般的な複屈折標本として最大の群を構成しています。他の主要なクラスとして、二軸性結晶がありますが、これは、2つの独立した光学軸を持つ複屈折物質のことです。一軸性結晶の常光波面および異常光波面は、結晶内の屈折率の分布によって変動しますが、楕円のスロー軸とファスト軸のいずれでも一致します(図6を参照)。光路差つまり2つの光線の間の相対遅延は、伝播方向の表面波面における1つの波ともう一方の波との時間差によって決まります。
常光波面および異常光波面が、楕円の長軸つまり主軸で一致する場合、異常光波の屈折率は、常光波の屈折率より大きくなります(図6(b))。この状況は正の複屈折と呼ばれています。ただし、常光波面および異常光波面が楕円の短軸で重なる場合(図6(a))、逆が成り立ちます。結果的に、常光波が通過するときの屈折率が異常光波の屈折率を超えるため、その物質は負の複屈折と呼ばれます。図表の楕円は、向きと結晶内の屈折率の相対強度の関係を表現したもので、屈折率楕円体と呼ばれ、図5および図6で示しているものがこれに当たります。
図6 - 屈折率楕円体
図2で示した方解石結晶に戻ると、この結晶は、左側上部角に光学軸を持っています。光が結晶に入るとき、常光波は、等方性の媒質を通るときと同じように、正常な入射角からずれることなく屈折します。一方、異常光波は、左にずれて、常光波と垂直な電気ベクトルを持った状態で結晶内を進んでいきます。方解石は負の複屈折を持つ結晶であるため、常光波が遅い波で、異常光波が速い波になります。
偏光光学顕微鏡における複屈折結晶
これまで説明したように、異方性を持つ結晶の中で二重に屈折する光は、常光波および異常光波の電気ベクトル振動が互いに垂直方向に向いた状態で偏光します。異方性を持つ結晶に、光学顕微鏡の交差偏光照明を当てた場合の作用について、ここで検証してみます。図7では、振動方向が互いに垂直になっている(同時に偏光子〈polarizer〉と検光子〈analyzer〉というラベルの横にある矢印で示した方向に設定している)2枚の偏光子の間に、複屈折(異方性)結晶を置いた状態を示しています。
照明装置から送られた非偏光の白色光が、左側の偏光子に入り、(偏光子〈polarizer〉というラベルの横にある)矢印で示された方向に線形に偏光されます。この状態を、図では恣意的に赤の正弦波で表現しています。次に、その偏光が、(顕微鏡のステージに置かれた)異方性を持つ結晶に入り、そこで屈折が起こって、結晶の軸に平行で、互いに垂直に振動する2つの独立した成分(赤のパターンの光波と塗りつぶしの光波)に分離されます。その後、偏光波は、検光子(その偏光方向は検光子〈analyzer〉というラベルの横にある矢印で示されています)を通り、その過程で、検光子の透過方向に対して平行な光波の成分のみがそれを通過します。一方の光線ともう一方の光線の間の相対遅延は、異方性を持つ結晶で屈折する常光線と異常光線の速度の差を示した式(厚さと屈折率差の乗算)で表すことができます。
図7 - 交差した偏光子の間に置かれた複屈折結晶
光学顕微鏡において、複屈折の異方性を持つ結晶が、偏光とどのように反応するかさらに詳細に調べるために、個々の結晶の特性について検討します。標本の物質は、仮に、結晶の長軸と平行な方向の光学軸を持つ正方晶系の複屈折結晶だとします。偏光子から結晶に入る光は、結晶の光学(長)軸と垂直に進みます。図8に示した図は、交差偏光照明を当てた状況で、結晶を顕微鏡の光学軸を中心にして回転させるとき、顕微鏡の接眼レンズに映る結晶のイメージがどうなるかを示しています。図8のそれぞれのフレームでは、顕微鏡の偏光子の軸をPという大文字で示しており、これが東西(水平)方向に向いています。顕微鏡の検光子の軸は、大文字Aで示しており、こちらは南北(垂直)方向に向いています。これらの軸は、互いに垂直になっているため、顕微鏡のステージに標本を置かない状態で、接眼レンズを覗いた場合、まったく暗い視野になります。
図8(a)は、異方性を持つ正方晶系の複屈折結晶を示しており、ここでは、この結晶の長(光学)軸が偏光子の透過方向に対して平行になっています。この場合、偏光子を通ってその後結晶を通過する光は、偏光子の方向と平行な平面で振動します。結晶の入射光は、常光波および異常光波に分岐して屈折することがないため、等方的な光波が結晶を通過し、検光子を通過した後に干渉効果を生み出すために、電気ベクトルの振動を正しい方向で生み出すことができません(図8(a)の矢印を参照、以下でさらに説明)。結果的に、結晶は非常に暗くなり、黒い背景の中で、ほとんど見えなくなります。わかりやすくするため、図8(a)で示した結晶では、(交差偏光子の間に置いた場合のように)完全に消えておらず、赤い光をわずかに通過させることによって、読者が結晶の配置を把握できるようにしています。
顕微鏡の利用者は一般的に、この方向を、結晶の消光位と呼んでいますが、この位置は、偏光顕微鏡を使用する際、異方性を持つ物質の屈折率を判断するための基準点として重要になっています。交差偏光顕微鏡で検光子を外すと、偏光子を通過する光の単一の許容振動方向が、複屈折結晶の唯一の電気成分と反応するようになります。この技法では、測定のために単一の屈折率を分離することができます。その後、偏光子を90°回転させることによって、複屈折物質の残りの屈折率を測定することができます。
図8 - 偏光における複屈折結晶の方向
図8(b)では、状況が非常に異なっており、この結晶の長(光学)軸が偏光子の透過方向に対して傾斜した角度(α)で配置されています。これは、顕微鏡のステージを回転させた結果として生じた状況です。この場合、偏光子から結晶に入った入射光の一部が、検光子まで伝わります。検光子を通過する光の量を定量的に推測するためには、単純なベクトル分析を行うことで、その答を出すことができます。最初の手順は、偏光子からoとeへの分岐成分(図8(b)を参照。なおそれぞれの文字は、すでに説明したように、常光線〈o〉と異常光線〈e〉を指します)を判定することです。ベクトルの射影が偏光子の軸に落とされ、oとeの両方で任意の値1が想定されます。なおこれは、常光線および異常光線の実際の強度と比例した値になります。図8(b)では、oとeに対する偏光子からの分岐成分は、偏光子の軸(P)上に、xとyと記述した黒い矢印で示しています。その後、この長さを、ベクトルo上とベクトルe上で測定します(ベクトルを示す赤い矢印で示されています)。この値を合成して合成ベクトルr'を作ります。合成から検光子の軸(A)への射影により、絶対値Rが算出されます。検光子の軸上のRの値は、検光子を通過する光の量と比例しています。この結果は、偏光子を通過した光の一部が検光子を通過することを示しており、同時に、複屈折結晶が一定の明るさを持っていることを示しています。
複屈折物質がもっとも明るく見えるのは、図8(c)のように、結晶の長(光学)軸が、偏光子および検光子に対して45°の角度をとっているときです。ベクトルoとベクトルeの射影を偏光子の軸(P)上に落とすことによって、偏光子からこれらのベクトルに対する分岐成分がわかります。その後ベクトル上でこれらの射影を測定すると、検光子の軸(A)に対する矩形を作ることによって、合成ベクトルを求めることができます。ここで紹介したこの技法は、偏光子および検光子に対するあらゆる結晶の向きに対して使用することができます。これは、oとeが互いに対して常に直角であり、結晶の軸に対するoとeの向きが唯一の違いであるためです。
複屈折結晶から常光線と異常光線が出てくるとき、これらの光線は互いに垂直に振動しています。しかし、検光子を通過するこれらの光波の成分は、同じ平面で振動しています(図8を参照)。1つの光波がもう一方の光波から遅れるために、検光子を通過するときに、光波の間で(建設的または相殺的な)干渉が発生します。最終結果として、白色光を交差偏光子を通して観察するとき、一部の複屈折試料について、色のスペクトルが獲得されることになります。
図9 - ミッシェル‐レヴィの複屈折図
複屈折試料で観察される干渉色の定量分析は、通常、図9で示しているようなミッシェル‐レヴィチャートを利用して行うことができます。このグラフからわかるように、顕微鏡で見える偏光色や、デジタルまたはフィルムで撮影される偏光色は、標本の実際の遅延、厚さ、複屈折と関係づけることができます。このチャートは、この3つの必要な変数のうち2つがわかっている場合、複屈折試料で比較的使いやすいものになります。顕微鏡の交差偏光子の間に標本を置き、さまざまなリタデーション板のいずれかを使用して、最大の明るさが得られるまで回転させると、接眼レンズに映される色を遅延軸でトレースすることで、標本を通過する常光波および異常光波の波長の差を見つけることができます。また、異方性を持つ標本の屈折率を測定して、その差(複屈折)を計算することによって、チャート上部の複屈折の値から干渉色を判定することもできます。さらに、斜線を縦座標まで外挿することによって、標本の厚さを予測することもできます。
ミッシェル‐レヴィチャートの下部(x軸)では、約550ナノメートルの倍数単位で遅延の次数を示しています。0から550ナノメートルまでの領域が偏光色の一次になり、550ナノメートル領域で発生するマゼンタ色は、しばしば一次の赤(鋭敏色)と呼ばれます。550〜1100ナノメートルは二次色で、その後も図の最後まで同様の名称になります。チャートの最初の黒は、ゼロ次の黒として知られています。教科書などに記載されているミッシェル‐レヴィチャートでは、多くの場合、五次または六次までの高次の色が描かれています。
このチャートでもっとも鋭敏な領域は一次の赤(550ナノメートル)で、これは、わずかな遅延の差であっても、上のシアンから下の黄色まで色が劇的に変動するためです。多くの顕微鏡メーカーは、この鋭敏さを利用しており、自社の偏光顕微鏡に全波長のリタデーション板や鋭敏色板を用意することによって、科学者が複屈折物質の特性を判定しやすくなるよう支援しています。
複屈折のカテゴリー
複屈折は、方解石や石英のような、異方性を持つ多くの結晶に内在する固有の特性ですが、構造的な配列、物理的刺激、変形、制約のある管内の流動、歪みなど、その他の要因によって発生することもあります。固有複屈折は、その屈折率が非対称で方向によって変化するような、自然に発生する物質を表すときに使用される用語です。このような物質には、異方性を持つ多くの自然結晶や合成結晶、鉱物、化学物質などがあります。
構造性複屈折は、異方性を持つ広範囲の組成に当てはまる用語で、染色体、筋繊維、微小管、液晶DNA、髪などの繊維状タンパク質など、生体高分子複合体がこれに含まれます。構造性複屈折は、他の多くの複屈折と異なり、周囲媒質の屈折率の変動や変化の影響を受けやすくなっています。また、構造性複屈折を示す合成物質も、繊維、長鎖高分子化合物、樹脂、合成物など、多数存在します。
応力複屈折および歪み複屈折は、自然状態では複屈折が起こらない物質に、外部的な力をかけたり変形したりしたときに発生します。例としては、伸ばしたフィルムや繊維、変形したガラス/プラスチックレンズ、応力がかかった成形樹脂などが挙げられます。最後に、流動複屈折は、流体の流れの中に配置されている非対称性の高分子化合物などの物質を配向することで発生させることができます。高分子量DNAおよび洗剤など、棒状や板状の分子/高分子複合体は、流動複屈折の研究の候補としてしばしば利用されます。
以上をまとめると、複屈折は、本質的に、光、電気、機械、音、磁気などの特性の非対称性によって現れる現象と言うことができます。広範囲の物質においてさまざまな複屈折が現れますが、光学顕微鏡の利用者にとって関心があるのは、やはり、透明でありながら偏光で観察しやすい標本の複屈折と言えるでしょう。
Contributing Authors
Douglas B. Murphy - Department of Cell Biology and Microscope Facility, Johns Hopkins University School of Medicine, 725 N. Wolfe Street, 107 WBSB, Baltimore, Maryland 21205.
Kenneth R. Spring - Scientific Consultant, Lusby, Maryland, 20657.
Thomas J. Fellers and Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.