多光子観察法

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多光子励起観察法の原理と用途

2光子励起観察法(非線形顕微鏡法、多光子または2光子レーザー顕微鏡観察法とも呼ばれます)は、共焦点顕微鏡法およびデコンボリューション顕微鏡法に代わるもので、三次元イメージングにおいて特に大きな利点があります。とりわけ2光子励起は、脳切片、胚、臓器全体、生体全体など、特に無傷組織内の生体細胞のイメージングで、その性能を発揮します。蛍光観察法の有効感度は、特に厚い標本の場合、一般的にアウトフォーカスのフレアによる制約を受けます。この制約は、共焦点顕微鏡で共焦点ピンホールを使用することで焦点面以外の背景の蛍光も遮られるため、大幅に減らすことができて薄い(1マイクロメートル以下の)ぼやけていない光学セクショニングが生成されることになります。それに代わる方法、デコンボリューション顕微鏡法では、従来型の顕微鏡を採用して、測定された光学系の点拡がり関数を使用し、イメージをデジタル的に再構成しています。

図1 - 2光子のヤブロンスキーのエネルギー図

この稿では、多光子励起の基本的な物理原理について説明し、レーザー顕微鏡観察法での使用に関する利点と限界について検討します。この技法の有用性を示すと同時にその物理的な限界を紹介するために、現実的な検討事項を中心に説明していきます。最後に、2光子励起観察法の代表的な用途について検討して、他の方法では実行できなかった実験がこの技法でなぜ可能になったかを示します。

光学セクショニング実験を行う前に、研究対象の問題に対する答えを出す上でもっとも適した技法としてどれを選択すれば良いか、慎重に検討する必要があります。特定の実験では、補足的に三次元蛍光観察法を使用すると特に大きなメリットがありますが、比較的厚い標本で蛍光観察法を実施する場合は、2光子励起がもっとも適したソリューションになります。

共焦点顕微鏡法では、ピンホールを利用して、アウトフォーカスの背景の蛍光を検出対象から除外しています。そのため、この技法では、より厚い組織に対して三次元セクショニングを実行できるようになっています。ただし、励起光によって蛍光が生成されるため、シグナルが焦点面内からしか集められないとしても、標本全体にフォトブリーチングや光毒性が生じます。この大量の励起によって、特に生体標本の場合、重大なフォトブリーチングと光毒性の問題が生じることがあります。さらに、共焦点顕微鏡法では、その侵入深さが、ビーム経路全体の励起エネルギーの吸収や、標本での励起光子と放出光子の両方の散乱によって制約を受けることになります。

デコンボリューション技法は、往々にして、アウトフォーカスの背景が比較的少ない標本や、全体のシグナルレベルが低い標本の場合に、最適のソリューションになります。デコンボリューション法では、イメージ取得のために従来型の広視野顕微鏡を採用しているため、励起強度は一般的に低く抑えられます。結果として、デコンボリューションは通常、生体細胞の単層のイメージングにおいて効果的になります。ただし、いわゆるデコンボリューション法の多くは、単純に、定量的なデータを生じることがない非線形のデータフィルターに過ぎないということを理解する必要があります。詳細な分析に使用できる定量的なデータを生成するのは、真の強制反復デコンボリューション技法のみに限定されます。ただし、広視野蛍光顕微鏡でデコンボリューションを実行する場合は、アウトフォーカスの背景と光の散乱のために、厚い標本への侵入が制限されます。また、コンピュータ計算の要件が厳しいため、デコンボリューションを実行するイメージについては、実験中にすぐにフィードバックを得るということができません。


2光子励起では、この稿で詳細に解説するように、焦点面の上と下で吸収(フォトブリーチングと光毒性の原因になります)を起こすことなく、三次元光学セクショニングを実行します。その結果、この技法の場合、侵入深さが共焦点顕微鏡法よりも増大し、同時に生体標本に対する光毒性も小さくなります。このため、2光子励起観察法は、生体組織や無傷動物標本に対して深い侵入が必要な実験において、他の技法よりも優先して使用され、ターンキーシステムもさまざまなメーカーから提供されており、ニコンA1 MP+/A1R MP+もそのうちの1つです。ただし、2光子励起に関わる光物理学が従来の蛍光励起のものと異なっていることから、特定の蛍光分子の2光子励起において有害な影響が往々にして見られ、結果的に、薄い標本の光学セクショニングでこの方法を適用することに制限が出てきます。

2光子励起の原理 

2光子励起は、量子光学における比較的古い理論です。最初にマリア・ゲッパート=メイヤーが博士論文で提唱したもので、30数年後、レーザーが発明された直後に実験で確認されました。そのため、十分確立された理論と実験が背景として存在しています。2光子励起の現象は、単一の量子化事象で2光子が同時吸収されることによって発生します。光子のエネルギーはその波長と反比例するため、2つの光子が吸収されるには、1光子励起で必要な約2倍の波長がなければなりません。たとえば、通常、紫外線光(約350ナノメートルの波長)を吸収する蛍光分子であれば、両方の蛍光分子が同時に到達するという状況で、2光子の近赤外線光(約700ナノメートルの波長)によって励起することができます(図1を参照)。この場合、「同時」というのは、約10 × E(-18)秒間隔以内ということを示しています。

2光子励起は、同時吸収に頼っているため、生成する蛍光放出は、励起強度の2乗に比例します。励起と放出の間のこのような二次の関係は、2光子励起観察法について多くの優れた利点をもたらしています(この後詳細に説明します)。2光子吸収事象(両方の光子が蛍光分子と同時に反応する事象)を大量に引き起こすためには、光子の密度が、同じ数の1光子吸収を生成させるときに必要な量の約100万倍にならなければなりません。その結果、相当な2光子励起蛍光を生成させるためには、きわめて強いレーザーが必要になります。その強度レベルは、モード同期(パルス)レーザーを集めることで達成しますが、平均レーザー強度はかなり低いままでありながら、パルスのピーク時の強度は、相当な2光子励起を生成させられるだけの量になります。この状況では、放出が生じる2光子励起状態は、従来の蛍光実験を行っていたときと同じ一重項状態になります。このため、2光子励起の後の蛍光放出は、通常の1光子励起のときに生じる放出とまったく同じになります。図1は、単一の(紫外線)光子の吸収(図1(a))と、2つの近赤外線光子の同時吸収(図1(b))を表したヤブロンスキー図を示しています。なお、この2つの状況では、どちらも同じ励起状態が生成します。

図2 - 多光子観察法での蛍光分子の励起

他のよく似た非線形光学プロセスとして、3光子励起がありますが、この方法も、生物学実験でメリットがあることがわかっています。3光子励起は、3つの光子が蛍光分子と同時に反応して放出をもたらすという点を除けば、2分子プロセスとまったく同じように発生します。蛍光吸収の量子力学特性のために、3光子励起で必要な光子の密度は、2光子吸収で必要な密度のわずか約10倍にしかなりません(数百万倍にはなりません)。そのため、3光子励起は、一部の実験では、魅力的なオプションと考えられます。たとえば、(約1050ナノメートルの波長の)赤外線レーザーは、(350ナノメートルで)紫外線吸収蛍光分子の3光子励起を生成でき、同時に(525ナノメートルで)緑の吸収蛍光分子の2光子励起を生成することができます。また、3光子励起は、利用可能なイメージングの領域を、深紫外線まで拡大するために利用することもできます(たとえば、紫外線領域の240ナノメートルで通常吸収する蛍光分子を励起するために、720ナノメートルの光を使用するなど)。これは、約300ナノメートル以下の紫外線波長が、通常の顕微鏡光学系にとって非常に問題が多いことから、従来の顕微鏡の機能を改善する役割を果たし、価値の高いものになります。このような事象が生物学研究ですぐに応用できるとは思えませんが、4光子吸収など、高次元の非線形効果も実験的に紹介されています。

レーザー顕微鏡観察法での2光子励起

レーザー顕微鏡観察法で2光子励起を使用するメリットは、吸収が励起強度の2乗に比例するという、基本的な物理原理から来ています。実際、2光子励起は、顕微鏡の光学系を通じて単一のパルスレーザーを集中させることによって生成します。レーザービームが集中するとき、光子がさらに密集するようになり(その空間密度が増加します)、その2つの光子が同時に単一の蛍光分子と反応する可能性が増大します。レーザーの焦点が集められるのは、相当な2光子励起が発生する上で十分なほど光子が密集する、光路に沿った領域のみになります。図2では、蛍光分子を含む標本において、顕微鏡の焦点で2光子励起が発生している様子を図式的に示しています。焦点の上部は、2つの光子が、単一の蛍光分子の吸収断面を同時に通過できるほど、光子の密度が十分高くありません。しかし、焦点の位置では、光子同士が非常に近接しているため、単一の蛍光分子の吸収断面内に、この2つの光子が同時に入ることができます。

実際、2光子励起観察法は、(顕微鏡の光学系でフォーカスすることにより)光子を空間的に集中させるだけでなく、(モード同期レーザーのパルスを利用することにより)それを時間的に同時に集中させるようになったことによって、可能になっています。この効果が組み合わさることにより、2光子励起で必要な光子の強度が生成されますが、パルスのデューティサイクル(パルスの照射持続時間をパルス照射の間の時間で割ったもの)が10 × E(-5)であることから、平均入力電力が、共焦点顕微鏡法で使用されている電力よりわずかに高い値、10ミリワットに制約されます。レーザーパルス持続時間は、通常約100フェムト秒から1ピコ秒(10 × E(-13)〜10 × E(-12)秒)できわめて短いと考えられますが、約10 × E(-18)秒という蛍光分子吸収事象と比較すると、それでも比較的長い持続時間と言うことができます。

この技法では、照明の焦点に対して2光子励起を狭く局在化させますが、このことが、共焦点顕微鏡法より優れた最大のメリットをもたらす要因になっています。共焦点顕微鏡の場合、照射されている標本部分全体で蛍光が励起されますが、焦点面で生成するシグナルのみが共焦点ピンホールを通過するため、背景のないデータを収集することができます。対照的に2光子励起では、焦点面に蛍光を生成するだけで、背景の蛍光が生成されないため、ピンホールは必要ありません。共焦点顕微鏡法と2光子励起観察法のそれぞれの励起領域のこの劇的な差は、それぞれの方法のフォトブリーチングパターンをイメージングするとよくわかります。図3では、フルオレセインで染色したフォルムバール膜の単一のx-y平面(像面)を反復的にスキャンすることで得られた、x-z軸に生じるフォトブリーチングパターンを示しています。共焦点システムのレーザーが、焦点面(図3(a)の白いボックスで示されている部分)の上と下の蛍光分子を励起しており、このことが、これらの広い領域で見られるブリーチングの原因になっています。対照的に、2光子励起は、焦点面だけで発生しているため、ブリーチングはこの領域だけにとどまっています(図3(b))。

図3 - 単一光子励起と2光子励起

2光子観察技法における励起の局在化によって、多くの有利な効果がもたらされています。おそらく、この中でもっとも重要なものは、2光子励起顕微鏡の三次元分解能が、理想的な共焦点顕微鏡で実現できるものと同等であるということです。また、アウトフォーカスの標本領域で吸収がないために、励起光の多くが標本内を通過して、焦点面にまで達するというメリットもあります。その結果として、標本への侵入が増大しますが、一般的にそれは、共焦点顕微鏡法で実現できる量の2、3倍にもなります。2光子励起の利用のもう一つの利点(図3で示しているもの)は、生体細胞や生体組織の蛍光観察法における、もっとも重大な制約の2つである、フォトブリーチングとフォトダメージを最小化できることです。光との反応によって引き起こされる細胞の損傷についてはあまり理解されていませんが、フォトダメージを減らすことが、観察対象になっている生物標本の生存能力を伸ばすことに繋がるのは明らかです。実経験からは、赤い励起光単独では細胞の活性に影響を及ぼさないことがわかっていますが、観察されるフォトダメージのほとんどが2光子吸収に関わっている可能性があるため、これを焦点面に限定する意味があります。

2光子励起観察法では、三次元分解能を得るためのピンホールが必要ないため、検出系の構成に柔軟性がもたらされます。2光子励起のデスキャン検出と非デスキャン検出の両方のジオメトリーを図4で示しています。デスキャン型のジオメトリーでは、放出光(青で示されているもの)が、励起光と同じ経路を通って戻り、スキャンニングミラーに入ってから、共焦点ピンホールを通過して検出器に達します(図4(a))。共焦点顕微鏡法では、アウトフォーカスの発光の検出を排除するために、このジオメトリーを使用しなければなりません。非デスキャンのビーム経路では、構成方法が他にもあります。その1つである共役面検出器配列では、対物レンズの直後にダイクロイックミラーを配置し(図4(b))、放出光を反射して、トランスファーレンズを通過し対物レンズの後部開口部と共役な平面にある検出器まで到達させます。放出光はまた、対物レンズを通過することなく、標本から直接、外部の検出器で収集することもできます(図4(c))。さらに広視野のイメージを取得するために、放出光をダイクロイックリフレクターでそらして、中間像面のCCD(電荷結合素子)カメラに送ることもできます(図4(d))。この後者のジオメトリー構成は、2光子励起を採用した高速なデータ取得システムに適しています。

2光子励起で、侵入深さの利点を活用するためにデスキャン検出を使用することも可能ですが、非デスキャンの方法(外部検出器)を使用することが推奨されます。非デスキャンの経路では、散乱した光子をより多く収集できるだけでなく、ミラーやレンズなどの光学素子を少なくすることができ、さらには、空気中の埃粒子が蛍光シグナルを妨げる原因になりがちな光路も短くすることができます。結果的に、2光子励起で非デスキャン検出アプローチを使用することで収集効率が劇的に向上するため、生体組織への侵入深さを最大にする上で、このアプローチが必須になります。

深いセクショニングのメカニズム 

すでに述べたように、2光子励起観察法の最大の利点は、厚い標本において、他の方法では不可能な深い地点まで、優れた光学セクショニングを実行できるという点にあります。そのため、侵入深さを増大させるための手段について理解することが重要になります。厚い標本で効果を上げるための物理的なメカニズムとして、次の3つが存在し、それぞれが共同で機能します。

  • 焦点面以外での吸収がないこと。これによって、より多くの励起光の光子が、所定の標本のレベルに到達します。
  • 2光子励起での赤色光と赤外線光。これにより、青寄りの光(波長が短い光)より散乱が少なくなります。
  • 光の散乱の効果。この効果は、2光子観察法の場合、共焦点顕微鏡法よりも悪影響が少なくなります。

これらの3つのメカニズムは、共同でも機能しますが、それぞれ別々に検討する方がわかりやすくなります。2光子顕微鏡では、光の焦点領域外では、吸収の条件に合致せず、アウトフォーカスの吸収が排除されるため、焦点面に届く励起照明の割合が大きくなります。共焦点顕微鏡では、励起光子が、励起光路で遭遇する蛍光分子によって吸収されます。その結果、焦点面に届く光子が少なくなるため、生成されるシグナルも減少します。この効果は、図5のイメージで示しているように、標本の全体に蛍光分子が含まれている場合に際立ったものになります。この図で示しているのは、ローダミン染色した高分子膜標本で、それ自体は散乱しませんが、蛍光分子が高い濃度で均一に分布しています。

図5では、x-zスキャンの上部が対物レンズにもっとも近くなっており、蛍光強度は、それぞれのx-zスキャンに対して標本の深さ(z距離)の関数としてグラフ化されています。1光子励起メカニズム(共焦点顕微鏡法、図5(a))の場合、その強度は、深い焦点面に到達するまでの間に励起光の吸収量が増えていくため、侵入深さに合わせて一定の割合で減少しています。対照的に、2光子の吸収は焦点面だけで起こり、対物レンズと焦点面の間の光路内では、蛍光分子による励起光の吸収が起こりません。そのため、すべての励起エネルギーが焦点面に達し、標本(この例では高分子化合物)の深さ全体に渡って、蛍光シグナルが一定に保たれます。図5(b)では、共焦点と2光子励起との間に劇的な差異があることがわかり、2光子励起の場合、蛍光強度は侵入深さ全体で比較的一定です。

図4 - 多光子観察法での検出器の構成

厚い標本において2光子励起が有利になる2番目のメカニズムとして、2光子励起観察法で採用されている「赤寄りの」励起光の場合に、従来型の励起観察法で使用されている「青寄りの」励起光の場合より、標本からの散乱を低く抑えられるということが挙げられます。生物組織は、さまざまな屈折率を持つ不均一な媒体と考えることができます。光がこのような媒体を伝播するとき、その光はさまざまな方向に多重散乱します。蛍光観察法では、標本に入射する励起光は、焦点面に届く前にさまざまな角度で散乱してしまうため、それによって生成される蛍光も、標本を通って検出器まで戻るときに散乱する可能性があります。この両方の散乱効果が組み合わさることによって、収集される蛍光シグナルが減少することになります。

生物標本内の物質はそれぞれで特性が異なり、光の分散も不規則になるため、散乱の作用を計算したり、正確にモデリングしたりすることは不可能です。ただし、レイリー散乱の簡単な概算によって、このような系で散乱するわずかな光の最小値を推定することはできます。この場合、散乱光の量は、光の波長の4乗に反比例します。この関係を利用して推定すると、488ナノメートル(1光子)の光の場合、800ナノメートル(2光子)の光の約7倍散乱することが考えられます。このため、この散乱の差により、さらに多くの2光子励起レーザー光が焦点面に到達できるようになり、標本への侵入深さがさらに増加することになります。実際には、組織構造との反応で観察される散乱は、レイリーの概算から予想される値より常に大きくなりますが、長い(赤寄りの)波長の場合は常に、短い(青寄りの)波長の場合よりも小さくなります。蛍光観察法の検出段階においては、1光子励起と2光子励起のどちらを使用して蛍光を生成したかに関係なく、放出された蛍光は同一になるため、蛍光放出の散乱は、どちらの方法の場合も同じように影響します。

上でリストした3番目の要因は、2光子技法でのシグナルの収集の場合、励起光と蛍光のどちらの散乱についても、共焦点顕微鏡法の場合ほど大きな影響を及ぼさないということを示しています。この差については、2光子励起観察法での像形成の物理学によって説明することができます。アウトフォーカスでの吸収がない上、散乱に差があることから、無傷組織内の深い領域にある焦点面により多くの励起光が到達することになるのですが、実際に、この3つ目の要因によって、2光子励起では像コントラストが向上します。この物理的な側面について、図6で示しています。

図5 - 1光子および2光子のスキャンニング特性

共焦点顕微鏡の場合(図6を参照)、励起光(青)が標本に集中し(a)、その焦点からの蛍光(緑)が対物レンズで補足されて、ピンホールをきれいに通過し、検出器に到達します(b)。この蛍光は、理想的なシグナルですが、一部の蛍光は標本を通過して戻るときに散乱することもあります(c)。この散乱した蛍光は、ピンホールを通過しないことから、失われてしまい、検出されることがありません。このような損失が起こると、検出される蛍光シグナルが大幅に減少します。励起光が標本を通過するとき、吸収されるか(d)、焦点に到達するまでに散乱することもあります(e)。励起光が吸収される場合、蛍光が生成されることもあります。ただしこの蛍光は焦点から生成するわけではないため、ピンホールを通過することもありませんし、効率的に検出されることもありません。しかし、ごくわずかな量のアウトフォーカスの蛍光が散乱し、その結果ピンホールに入って、検出されることもあります。この蛍光によって、図7と図8の例で示しているような、イメージのほぼ全体を覆う背景かぶりが発生します。このかぶりによって、イメージのダイナミックレンジが低下するため、イメージのコントラストも低下します。同様に、励起の散乱によって蛍光が生成し(e)、その結果、この蛍光が背景かぶりの原因になることもあります(f)。

2光子励起法の場合(ここでも図6を参照)、共焦点システムと同様に、励起光子(赤)が散乱することがあります(g)。しかし、2光子が同じ標本領域に対して同時に散乱する可能性は基本的にゼロであるため、厚い標本の場合に共焦点イメージングで問題になるような背景かぶりは、2光子励起では生成しません。しかも、上記の2つの要因によって、かなりの割合の励起光が焦点面に到達するため(hおよびi)、長い波長の2光子励起光の場合、アウトフォーカスの吸収が低下し、散乱も減少します。重要なことですが、生成される蛍光(緑)は、たとえ散乱しても、光電子増倍管によって検出される量は増加します(j)。これはそれを遮るピンホールがないためです(k)。散乱効果の影響を受けにくく、アウトフォーカスの吸収がないために、標本内のかなりの深さから十分なイメージコントラストを維持できるようになっています。

図6 - 光学系の構成

図7で示しているイメージ(サメの脈絡叢をフルオレセインで染色したもの)は、共焦点観察法と2光子観察法でのイメージング品質を比較したものです。これらのイメージは、標本表面から80マイクロメートルの深さで収集されていますが、この深さは、共焦点顕微鏡法を使ってこの標本から十分なイメージコントラストを得られる最大の深さです。もっとも明るいシグナルレベル特性は、それぞれの方法で簡単に一致させることができますが、共焦点イメージの全体的なイメージコントラスト(図7(a))は、背景かぶりが存在することから、はるかに劣ったものになります。比較すると、2光子励起イメージ(図7(b))の方が、優れた輝度コントラストを示しています。厚い生物標本の場合、蛍光の散乱が大きくなるため、デスキャン検出を使用すると、「オープン」のピンホールであっても、2光子励起の利点が得られるほど十分なものにはなりません。

潜在力を100%活用できるようにするためには、蛍光収集効率を向上させるために、非デスキャン検出方式(図4を参照)を使用する必要があります。なおこの方式では、共焦点顕微鏡で必要になるような、スキャンニングシステムを通過して蛍光が戻る仕組みがありません。図7と同じサメの標本を使用し、デスキャン検出方式(ピンホール「オープン」)と非デスキャン検出方式を使用して取得したイメージの比較を図8で示しています。それぞれの検出ジオメトリーでは、ダイクロイックミラー、吸収フィルター、光電子増倍管検出器などを含め、同じイメージング光学部品を使用しています。当初、標本は、一定の輝度コントラストが得られる最大の深さ(140マイクロメートル)で、デスキャン検出を使用してイメージングされました(図8(a))。すべての設定を維持したまま、非デスキャン検出に切り替えた後、図8(b)のイメージが収集されました。この非デスキャンイメージが、多くの領域で完全に飽和している(最大の表示輝度)ことは明らかで、このことは、この検出ジオメトリーによってシグナル収集能力が改善されていることを示しています。励起条件は双方で同じであるため、シグナル強度がこのように8倍になったという事実は、 非デスキャン検出ジオメトリーによって実現した、散乱した蛍光光子の収集のみが原因と考えることができます。全域で非飽和イメージを取得する(図8(c)で示しているもの)ために、光電子増倍管電圧を1000ボルトから750ボルトに下げましたが、このことは、非デスキャン検出構成を使用すれば、この標本をさらに深い領域までスキャンできるということを表しています。実際、この標本のイメージングで利用可能な侵入深さは、組織によって制限を受けたのではなく、対物レンズの作動距離によって制限を受けています。

イメージ分解能

2光子励起で得られるイメージ分解能が、しっかり調整された共焦点顕微鏡で得られるものより優れているというわけではありません。長い励起波長(たとえば、紫外線や青色の代わりに赤色や赤外線)を使用すると、2光子励起の利点が存在しているにもかかわらず、実際は、解像スポットが大きくなります。生体構造を共焦点顕微鏡で解像できない場合は、2光子励起レーザースキャン顕微鏡でも同様に解像できません。この点については、この両方の技法を使用したことがある研究者であればよく理解していますが、生物医学研究分野の将来のユーザーの中には、2光子励起の利点に分解能の向上があると思っている人もいます。

厚い標本のイメージング

すでに述べたように、2光子励起は、3つの要因が組み合わさった結果、厚い標本のイメージングで有効性が高くなります。この3つの要因とは、アウトフォーカスの吸収がないために、より多くの励起光が所定の標本領域に到達できること、赤色励起光により散乱が少なくなること、2光子観察法では、蛍光の散乱の悪影響が共焦点顕微鏡法よりも少ないこと、という3点です。作動距離が長い光学系において非デスキャン検出の構成を使用している場合、侵入深さとイメージ品質が、組織に効果的に標識を付けられるかどうかで決まってくるということがしばしばあります。蛍光ラベルを組織に導入する場合は、その深さが増すほど困難になります。遺伝子改変動物で緑色蛍光タンパク質(GFP)発現を利用して実験を行うと、一般的にin vivoで2光子励起イメージングが強化されます。遺伝子改変動物では、2光子励起を使用した検出において、生体の個別の器官やタンパク質に蛍光標識を付ける技法が進展する余地が大きいと言えます。特定の組織では、その特性のために、厚い標本をイメージングする際に侵入深さに制約が加わることがあり、特に、肝臓などの強く染色する組織や、皮膚などの散乱が激しい組織ではこれが問題になります。

薄い標本のイメージング

一般的に、薄い標本のイメージングの場合、2光子励起法の方が従来の共焦点顕微鏡法よりも大きな利点があるというわけではありません。その理由は、焦点面で発生するフォトブリーチングがわずかに増加するためです(図3で示しているように、厚い標本におけるフォトブリーチングの総量は、従来型の技法に比べるとかなり少ないですが)。しかしながら、薄いプレパラートの場合でも、2光子励起が有利になるような用途があり、その1つに、NADH(後で詳細に説明)など、紫外線励起した蛍光分子のイメージングがあります。この実験の場合、紫外線光によって引き起こされるダメージが、2光子誘導フォトブリーチングよりも大きくなります。2光子励起の潜在的な利点を評価したい場合は、まず最初に共焦点顕微鏡で実験を行ってみることに常に価値があります。理想的なイメージングを行う上で共焦点顕微鏡にどのような限界があるかがわかったら、その時点で、2光子励起の使用が、その実験を行う上で有利かどうか容易に判断することができます。

吸収スペクトル

2光子吸収スペクトルが、対応する1光子スペクトルとあまり似ていないということはよくあることです。これまでの経験から、2光子励起照明が、蛍光分子の1光子吸収ピークの2倍の波長を持っているとき、ほとんどの蛍光分子がきわめて良く機能するということがわかっています。本稿の範囲外の物理化学的要因によりますが、非対称的な化学構造を持つ蛍光分子では、対称的な化学構造よりも、この関係がよく当てはまります。たとえば、蛍光タンパク質(CFPGFPYFPなど)は、非対称的な蛍光分子という特徴を持っており、1光子励起の2倍の波長で強く吸収します。ただし、2光子励起観察法の機能の利点を十分活用するためには、蛍光分子の吸収スペクトルを測定しなければなりません。これは、技術的には、従来型の1光子吸収スペクトルの測定よりもはるかに難しくなり、この情報源はわずかしかありません。この顕微鏡技法の利用が増えれば、2光子吸収スペクトルももっと一般的になることが考えられます。

局所的な光化学

2光子励起のその他の機能として、標本の焦点領域において光化学反応を開始させるというものがあります。実験的に有用なさまざまなケミカルプロセスの1つに、紫外線光誘導反応がありますが、これを、2光子励起で置き換えることができます。反応カテゴリーの1つに色素アンケージングというものがあり、これは光化学的に非蛍光分子を誘導し蛍光化するものですが、2光子励起を使用することで、これを個々の組織細胞で開始させることができます。同様に、同じ励起プロセスで、生物学的な刺激剤や抑制剤をアンケージングすることもできます。2光子励起アンケージングには、可能性のある方法がいろいろと考えられますが、主に、ミリ秒から秒に至るまでの光化学反応の速度論による制約のため、まだ完全に開発されているわけではありません。このため、ターゲット化合物は、励起時から活性化するまでの間に、標本内を数マイクロメートルに渡って拡散する可能性があります。このような困難さがあるにもかかわらず、この技法は、さまざまな面白い生物学的用途において、価値のあるものになっています。なお、このうちのいくつかの用途についてはこの後、紹介していきます。

レーザー光源

2光子励起観察法の機器の要件については、共焦点顕微鏡法の場合とほとんど同じですが、レーザー励起光源はその例外で、こちらは両者でかなり異なります。現在の2光子励起顕微鏡では、一般的に、Ti:sapphireレーザーとNd:YLFレーザーの2種類の超高速モード同期レーザーシステムが使用されています。これらのシステムは、一般的な電源コンセントから電力を供給でき、水冷システムも必要ありませんが、共焦点顕微鏡法で採用されている小型の空冷レーザーと比べるとかなり高価です。Ti:sapphireレーザーは波長が可変である(700〜1100ナノメートル)ために、単一波長のNd:YLFレーザー(1047ナノメートル)よりも多用途です。現在の市販モデルのTi:sapphireレーザーでは、720〜900ナノメートルがカバーされており、簡単に実装できるコンピュータ制御機能を通じて調節できるようになっています。レーザー照射システムは、今後もさらに改良が加えられ、その使いやすさや用途の広さが向上していくと考えられます。

レーザー出力

蛍光分子を含んだ標本を励起するために必要なレーザー出力には、最適な限界値があります。レーザー出力を上げていくと、蛍光分子の飽和点に至るまで、蛍光強度が増加します。飽和の条件が発生するのは、蛍光分子の大部分が、基底状態ではなく励起状態で存在できるほどの十分な量のレーザー出力が発生しているときです(この出力レベルは、1光子励起の場合、標本レベルで約1ミリワット、2光子励起の場合、標本レベルで約50ミリワットです)。これ以上の出力レベルでは、光子を追加しても、励起する蛍光分子を増やすことはできません。飽和点を越えて励起エネルギーを増やすと、フォトダメージやフォトブリーチングが増加することになります。それぞれの実験素材について、ビームスキャンの際にダメージが起きないか評価しなければならず、同時に、ちょっとした細胞生存試験(エステラーゼ活性試験や色素排除試験など)では、必ずしも細胞のフォトダメージを正確に調べることができないということを認識する必要があります。多くの実験については、より正確な機能試験をすることが有益になるでしょう。たとえば、最近発表されたある調査では、ハムスター胚の生存が発達の継続によって確認されており、別の研究では、膵島の生存が、グルコースによるNAD(P)H反応によって確認されています。

2光子励起観察法の例

近年発表された実験結果のさまざまな例から、2光子励起が共焦点イメージングよりも有利であるという、一般的な状況がわかります。実験の詳細については本稿では扱いませんが、光毒性の減少、組織のイメージング深度の増加、局所的な光化学の開始能力などの点から、2光子励起の利点について検討していきます。

2光子励起観察法は一般的に、共焦点顕微鏡法よりも光毒性が少なくなっており、ハムスター胚の発達に対するタイムラプスイメージングを利用した近年の研究によって、それが示されています。この例では、胚の発達について、生体ミトコンドリア染色で2光子励起を使用し、10時間以上継続的に観察することができました。共焦点法を使用した場合と比較してみると、共焦点レーザー照射では、わずか数分で正常な胚の発達が止まっています。研究者たちは、2光子励起レーザーの長い波長(1047ナノメートル)が、胚の生存を大きく伸ばす上で役に立っていると結論付けました。また同じ研究者たちは、ハムスター胚の発達に対する無機リン酸塩の影響を評価するためにも、2光子励起観察法を利用しました。この実験では、生体ハムスター胚が、さまざまな無機リン酸含有量で培養され、そのミトコンドリアの分布が6時間ごとに2光子励起観察法を使用して観察されました。胚がさらに発達した後、培養の27時間後と51時間後に形態学的な評価が行われました。これらの研究から、ハムスター胚の発達が共焦点イメージングではダメージがあったにもかかわらず、並行した2光子照射の場合はダメージを受けなかったという明確な証拠が提出されました。

図7 - 共焦点観察法と多光子観察法のイメージング品質

公開されている2つの研究では、in vivoでのヒトの皮膚のイメージングを行い、2光子励起の非毒性が示されています。1つの研究では、詳細に分光法を実施し、730〜960ナノメートルの励起波長を利用して、さまざまな深さ(0〜50ナノメートル、100〜150ナノメートル)の皮膚から自家蛍光シグナルを収集しています。これを反射光共焦点顕微鏡法と組み合わせて使用すると、それぞれの技法の組み合わせにより、同じ皮膚の領域の複数の皮膚層の詳細な反射光イメージと自家蛍光イメージを非破壊的に得ることができます。

2光子励起では、紫外線領域で活性化する蛍光種に対する、紫外線放射の光毒性効果を避けることができます。このような特徴は特に、細胞呼吸のインジケーターとして、自然発生の還元型ピリジンヌクレオチド [NAD(P)H] をイメージングする際に有用です。NAD(P)Hは、吸収断面が小さい上、量子収率が低く、紫外線を吸収することから、励起と測定が難しいだけでなく、相当量のフォトダメージが引き起こされる可能性もあります。NAD(P)Hのイメージングはこれまで、部分的に分化した培養L6筋管細胞に対する病態生理学研究で利用されています。細胞のNAD(P)Hイメージに現れる自家蛍光パターンは、主に、拡散した細胞質シグナルを強調した領域として現れ、ミトコンドリア内のNADHを反映したものになります。分化細胞では、横紋筋線維の間にある一連のミトコンドリアに蛍光が現れ、グルコース密度が増加すると、それに伴い蛍光も増加します。この研究は、グルコース代謝の均一性を示したもので、単一の細胞のグルコース利用の速度論をリアルタイムに定義したり、複数の細胞でそれを平均化したりすることができることを示しています。

論文で報告されている他の研究領域には、膵島内の個別のβ細胞(約1000個の細胞で構成される球形に近い微細組織)に集中した、NAD(P)Hの定量化2光子イメージングがあります。ヌクレオチド全体のイメージングまで拡大した上で、2光子技法の空間分解能により、細胞質およびミトコンドリアのNAD(P)Hシグナルを分離することができます。図9では、無傷の膵島内にあるβ細胞のNAD(P)H自家蛍光の典型的なイメージを示しています。この写真では、細胞質とミトコンドリアの両方のシグナルが表示されており、後者の方が明るくなっていて、やや強調されています。核のような単一の細胞の外形も見え、どちらも暗く映っています。このように膵島β細胞領域における細胞質とミトコンドリアのシグナルを分離することによって、グルコースとピルビン酸塩の代謝を詳細に検査できるようになります。

現在のグルコースによるインスリン分泌(GSIS)のモデルでは、代謝物質がシグナル伝達経路を通って送られ、それが同様のシグナル伝達現象のカスケード反応を誘発し、結果的にインスリンが分泌されることになっています。一方で、ピルビン酸塩もGSISを促進しますが、それだけではインスリンの分泌が起こりません。この研究では、NAD(P)Hの2光子励起イメージングを利用して、細胞質とミトコンドリアのシグナルを分離したことに言及しており、これによって、β細胞が、一時的にではあっても、ピルビン酸塩を代謝することが示されています。このような一時的なミトコンドリアの反応によって、2つの異なるモデルが示唆されており、これが現在研究されている段階です。つまり、後で起こるピルビン酸塩の代謝の際に、ミトコンドリア-ピルビン酸塩輸送またはクエン酸回路のいずれかが阻害されているということになります。2光子励起法を利用して、生体膵島を反復的にスキャンし、生化学的な方法では獲得できないサンプリング間隔でデータを生成しました。この種の反復的なイメージングは、共焦点顕微鏡法の場合、フォトブリーチングや紫外線光誘導フォトダメージなどの制約があるため、実行することができません。

2光子励起観察法ではモード同期(パルス)レーザーを使用するため、蛍光寿命イメージングと組み合わせて活用することも簡単です。ナノ秒単位の蛍光減衰時間に基づいたイメージでは、蛍光分子の密度に依存しない情報が得られます。潜在的な用途の一つに、2つのプローブでの蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)効率に対する明確な値を得るために、蛍光寿命イメージングを利用するというものがあります。近年の研究では、異なる細胞内コンパートメントでNAD(P)H濃度を定量的に判定するために、NAD(P)Hの2光子励起寿命イメージング顕微鏡観察法が採用されています。核の中のフリーNADHレベルによって、細胞周期調整や転換転写経路に関わる、コリプレッサーCtBPが抑制されます。NAD(P)Hの2光子励起観察法および寿命イメージングを組み合わせて使用することにより、核の中のフリーNADHレベルが、CtBP結合の最大半量の濃度とほぼ一致することが示されています。

図8 - デスキャンおよび非デスキャン検出技法

2光子励起の技法は、蛍光相関分光法(FCS)や光褪色後蛍光回復法(FRAP)などの、その他の広範囲の生物物理学技法と組み合わせて使用することができます。これらの技法ではそれぞれ、一般的に固定1光子(連続波)レーザーを利用しています。FCS技法は、固定照射ビームの焦点体積内の蛍光プローブの占有数や拡散特性を判定するものですが、分子の相互作用や拡散の研究で利用されており優れた結果を出しています。FRAPは、蛍光分子について巨視的な拡散の研究を行うために採用されており、その際、レーザー焦点領域で制御した状態で蛍光のフォトブリーチングを行い、その後蛍光を観察します。FCS技法とFRAP技法のどちらも、培養細胞膜での蛍光プローブの拡散特性を研究するために、広く使われてきました。現在のところ、これらの技法が複雑であることから、その用途は、in vitroシステムと細胞培養モデルに限定されています。いずれかの方法で定量データが必要な場合は、2光子励起観察法では、定義が確立している励起光量を利用することが利点となります。また、FCSとFRAPは、厚い生体組織の二分子ダイナミクスの研究では、1光子励起ではなく2光子励起を使用すると、非常に価値が高いと考えられます。

生体のイメージングではまだ数多くの問題が残ってはいますが、2光子励起では深い標本侵入が実現するため、in vivoでのイメージングが可能になります。in vivoの蛍光イメージングは、生体の皮膚を切開するか、動物に設置した「窓」にカバーガラスを設置することによって、2光子励起を使用することで実現することができます。生きた動物を使用する場合、複雑さが一段と増すため、標本に蛍光標識を付けることがかなり難しくなります。公開されているある研究では、生きたマウスのニューロンに固有の標識を付けるためにCa2+インジケーターを使用し、さらに2光子励起法を利用することによって、ニューロンの機能を観察できるということが報告されています。特定の器官やタンパク質に蛍光標識を付けるために、遺伝子改変動物で緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させれば、in vivoイメージングでの2光子励起の用途が確実に増えることになります。イメージングプロセスで生体標本が動くということが起こりうるため、in vivo研究のほとんどは現在、麻酔した動物に対して行われていますが、このような動きの影響を少なくできるよう、イメージングの速度も向上しています。2光子顕微鏡が小型化して、生体標本に直接取り付けられるようになるなど、将来的に技術的な進歩があれば、自由に動く動物のin vivoイメージングも可能になることが考えられます。

何人かの研究者は、カルシウムインジケーターのバルクローディングを採用しており、マウスの脳切片におけるニューロンの神経回路をマッピングするために、これを2光子励起観察法と組み合わせて使用しています。彼らの方法論は、シグナルニューロンをトリガーしてから、いわゆる「フォロワー」ニューロンとの接続において始動したカルシウムシグナルをマッピングするというものです。これによって、新皮質が、正確に組織化された数多くの神経回路で構成されているということが判明しました。フォロワーは、いくつかの異なる解剖学的分類に属していますが、その位置は判明しており、別の動物でも予測することができます。

図9 - 膵島β細胞のNAD(P)Hの自家蛍光

非常に高い可能性を持つ2光子励起観察法の用途として、アンケージングと呼ばれる、ケージド化合物の光脱離を、三次元的に解像するという技法があります。たとえば、カルシウムの定量的な2光子励起アンケージングは、数々の技法の中でもっとも注目されるものです。すでに述べたように、光化学的アンケージング反応は一般的にきわめて遅いため(ミリ秒から秒単位)、ターゲット化合物は、励起時から活性化するまでの間に、標本内を数マイクロメートルに渡って拡散します。ただしこの拡散は、膜の非永続的蛍光分子のアンケージングによる、細胞の「マーキング」など、特定の用途では問題になりません。ある研究者グループは、2光子励起の光脱離を共焦点顕微鏡法と組み合わせて使用することで、ウニの胚細胞系譜の発達を追跡することに成功しました。

別の研究者たちは、高速反応のアンケージング分子を、アンケージング刺激の研究において利用しており、そこでは、ニューロンのレセプターをマッピングするために2光子励起を採用しています。これらの研究は、2光子励起の三次元的な性質を利用し、イメージング剤のアンケージング刺激の場所をコントロールすることによって、光化学的アンケージングのプロセスを拡大させました。細胞膜付近で刺激がアンケージングされたときに、その付近にあるレセプターが刺激され、そのプロセスが、細胞のパッチクランプ法によって検出されたのです。この種のイメージングでは、放出された光子によってイメージがマッピングされるのではなく、興奮性の反応が測定されています。個別の例としては、MNI-Glutamateのアンケージングを行った後、ホールセルパッチクランプ法でシグナル検出を行うことによって、グルタミン酸レセプターをマッピングすることに成功しています。この標本は、培養した海馬ニューロンと海馬のCA1錐体ニューロンの鋭いスライスのプレパラートでした。この研究を行った研究者たちは、このスライスのプレパラートにおいて、水平方向と軸方向で、それぞれ0.6ミリメートルと1.4ミリメートルという優れた半値全幅(FWHM)の直径を得ることができましたが、これはアンケージング反応時間が短いということを示しています。さらに、マッシュルーム型スパインにα-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)タイプのグルタミン酸レセプターが豊富であり、これらのレセプターの分布が、スパイン形態と高い相関関係を持っていることも判明しました。

結論

2光子励起観察法は、無傷組織などの厚い標本における、生体細胞の動的なイメージングにおいて非常に有用です。この技法を利用すれば、従来型のイメージングでは実行できなかった実験や、望ましい情報が提供されていなかった実験も、その多くが実現可能になります。モード同期(パルス)レーザー照射を利用して十分な光子密度を焦点に集めれば、2光子励起がその焦点面だけで発生します。励起を局在化することの利点として、狭い領域のみに放出が制約されるため、ピンホールを使用しなくてもセクショニングが可能になるということがあります。さらに、励起領域をこのように限定すれば、フォトダメージがほとんど焦点体積のみに制約されるため、光毒性を減らすこともできます。

2光子励起観察法では、共焦点顕微鏡法より高い分解能のイメージが生成されるわけではありませんが、厚い標本の侵入深さを増やすことができます。侵入深さの拡大は、2光子顕微鏡のオープンピンホールジオメトリー、励起光のアウトフォーカスの吸収がないこと、励起光の散乱が(その波長のために)少ないことなどの要因によって実現しています。侵入深さを最大限活用するためには、非デスキャン検出ジオメトリーを使用しなければならず、これによって、散乱した蛍光光子の収集効率が劇的に増大します。2光子励起の利点はすでに明らかになっており、この技法を使用することで、共焦点顕微鏡法では実現できなかった種類の実験も行えるようになりました。この技法は、今後の技術革新やコストの低下によって恩恵を受け、さらに普及が進むと考えられますが、それにあわせて、素晴らしい実験結果がますます多く現れることが期待されます。

Contributing Authors

David W. Piston - Department of Molecular Physiology and Biophysics, Vanderbilt University, 702 Light Hall, Nashville, Tennessee, 37232.

Thomas J. Fellers and Michael W. Davidson - National High Magnetic Field Laboratory, 1800 East Paul Dirac Dr., The Florida State University, Tallahassee, Florida, 32310.

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多光子観察法

Introduction